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袋小路派の政治経済学「民主党圧敗を読む」
執筆者 土屋彰久

袋小路派の政治経済学「民主党圧敗を読む」

民主党圧敗

今回の参院選、選挙としては争点のボケたつまらないものでした。だって、有権者の過半数が反対しているのに、二大政党が両方とも消費税増税を主張してるんですから。実際、さる新聞社の当選者アンケートによれば、今回の当選者の約6割が消費税増税を支持しています。今の選挙制度は、国民の意思を国会に伝える機能を満足に果たせていませんね。

特に皮肉なのは、みんなの党の得票の効果です。みんなの党は、消費税増税を強力に主張する自民党と弱力に主張する民主党の間で、増税反対を唱えて政権与党の民主党に対する批判票を吸収するかたちで躍進しました。ところが、比例区は問題ないとしても、選挙区(特に一人区)で民主党の票を無駄食いしてしまった結果、その消費税増税反対のスローガンとは裏腹に、「強力」増税派(すぐにでも)の自民党が「弱力」増税派(3年後ぐらい)の民主党に圧勝するというヘンな結果をもたらしてしまいました。

消費税増税を防ぐなら、せめて一人区では民主党に入れた方が、衆議院の任期中は増税しないと言っているだけマシなんですが、実際には前回の参院選や衆院選で民主党に投票した無党派層のかなりの割合がみんなの党に投票したとの調査結果が出ています。なんでなんでしょうね〜?

今回は、ここらへんにスポットを当てて分析してみました。

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オシオキ型投票行動

支持層でありながら、現在の政策や方針などに不満を持つ場合に、あえて支持政党に不利になるような投票行動を採るのを懲罰型(反対は報償型)と言います。でも、懲罰型ではちょっと堅苦しいですし、有権者の気分の軽さも考えると、オシオキ型と言った方がしっくりくるんじゃないかと思います。日本では元々、このオシオキ型の投票行動が多く見られました。しかし今回の参院選では、かつてはあまり見られなかった新しいタイプが、無視できないレベルにまで増えてきたような印象です。というのは、旧来のオシオキは、自民党の支持層の農村票に典型的に見られた「寝る」というスタイルで、これは強固な支持層である農民が、あえて棄権することで万年与党の自民党に不満の意思を示すというものでした。この「寝る」のパターンは、自民党の永続政権体制(もちろん昔の話)の基本構造はゆるがないという前提の上で適度に苦戦させることで、政権維持という共通の利益は失われない範囲で、ほどよい加減でお灸が効くのがポイントです。

オシオキ型投票行動・新方式

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オシオキ型投票行動・新方式

新しいタイプのオシオキ型投票行動は、自民、民主いずれかのかなり薄弱な支持層の周辺部にいる保守系無党派層が中心で、他党への投票という形でオシオキをします。この「他党」は、自民、民主相互の反対党のこともありますし(その場合、スイング・ボートとなる)、今回のみんなの党のように第三の党が受け皿となることもあります。このようなタイプに名前を付けるなら、「歩き回る」型ぐらいでしょうかね。「起きる」を挟んで「寝る」の反対側に位置するものと考えると。この層の場合、そもそもが無党派層というくらいで、政党との利権的なつながりは希薄ですから、旧タイプのようなお灸が効いての見返り割り増しを期待してというより、オシオキそのものに意義を見出す傾向が強くなります。→スイング・ボーター

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スイング・ボーター

広い意味では、いわゆる浮動層と重なりますが、狭い意味では、二大政党制の下で、いずれの政党の固定的支持層でもないが、投票には行く層となります。二大政党制の下では、いずれの政党もある程度の固定的支持基盤を持ち、その上にスイング・ボーターの票を上積みして政権の獲得を図るという構図になります。

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「歩き回る」型

このパターン、昔からなかったわけではありません。しかし、今のように政党支持が流動化する以前は、数の上で少数派だった無党派層は、なにをやってもインパクトは限られたものでした。それが今は、保守、革新両翼からの不満層がどっと流れ込むことによって無党派層が最大勢力となり、これがまたメディアを利用しての誘導にけっこう素直に反応して群となって動いてくれるので、選挙の結果を大きく左右するようになってきました。こうしてインパクトを増した無党派層、中でも保守系無党派層が「歩き回る」型の行動を見せるようになり、新しいタイプの選挙、政治を出現させました。→誰が「歩き回る」のか

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誰が「歩き回る」のか

この層の中核をなすのは、小泉政治をきっかけに日本の政治が劇場化の傾向を強めて以降、それまでの無投票層から離れて新たに投票層に流入してきた新規投票層です。要するに、「面白そうだから選挙に行くようになった」という層です。この新規投票層は、それまで棄権していた、つまり自分の利益や理念を一票に込めて投じるという投票行動にそもそも背を向けてきた層なので、投票に出かけても利益型投票や理念型投票はあまりしません。代わりに何のために投票するのかというと、「トキメキのために!」とか言うとかっこいいですが、簡単に言えば選挙をイベント、見世物として楽しむためです。これは、経験してみればわかることですが、投票に行ったと行かないとでは、選挙速報の面白さが違います。投票に行くことで選挙は「参加型イベント」となり、面白さは当然にアップします。この場合、投票は投票の結果よりも投票行為自体の満足度にウェイトを置くようになります。なぜなら、元が棄権していた、つまり直接的な見返りを放棄していた票なので、投じること自体の面白さが満足度に直結するからです。これは言うなれば娯楽型、ないし消費型の投票で、選挙を楽しむための木戸銭として、自分の一票を好きなように投じていると見てみるといいでしょう。→「歩き回る」型

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新規投票層

日本の有権者の投票行動は年齢層毎に特徴的なパターンを持っています。簡単に言うと、70代まで階段型に年齢層毎の投票率が上がっていくという形で、20代が30%台前半になるのと、80代以上が70%台となるのを除くと、年齢層と投票率の数字がきれいに重なります。30代は30%台、40代は40%台といった具合です。これは、逆に言えば各年齢層で、毎回、一定数の新規投票者が無投票層から投票層に流入しているということを意味します。この新規流入層は、それ自体が一つの投票層として投票結果にインパクトを与えています。政党支持の流動性が低かった頃は、単なる各党支持層の世代交代の一場面にしかすぎなかったのですが、流入先が無党派層に移り、無党派層の影響力が増すことで、最近では投票結果に無視できない影響を及ぼすようになってきています。どの程度までを新規投票層に含めるかですが、初投票に限定せず、初投票のトキメキが残るくらいの期間、まあ衆参、各二回程度までと考えればいいでしょう。→政治の「消費化」

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政治の「消費化」

有権者が消費者感覚で政治に接するのが、最近の、特に無党派層の政治態度の特徴と言ってよいでしょう。この層の投票先の決め方は買い物の選び方に似ています。ここでのポイントは、「気に入らなければ使わないで次に別のを買えばよい」という気軽さです。服になぞらえてみるとわかりやすいかと思います。利益型、理念型の投票というのは、制服のデザインで進学先を選ぶような感じで、一度選んだら、飽きてもダサくても卒業までその制服で行くしかないので、その分慎重に選びます(3年間という拘束期間は選挙の間隔と近い、もしくは同じなので、思いのほか一致度は高いかもしれません)。

これに対して、消費型の投票は私服を選ぶ感じです。私服なら、飽きたり流行遅れになったら、着なければいいだけの話です。選挙結果に拘束される期間は利益型、理念型と変わりませんが、元々選挙結果に拘束されるという意識が低い(=投票に対する責任感が弱い)ので、その場での気分の方が先々の見通しより優先される、つまり衝動買い型の投票が増えるということです。→消費としての政治

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消費としての政治

本来、消費も経済活動の一部なので、消費のスタイルで行う投票というのは、利益投票のような経済活動型と似たような印象もあります。しかし、政治の場における消費は最終消費、ないし純粋消費の感が強く、消費が同時に投資となって次の生産につながっていく、循環的な経済活動の中の中間消費とは性格が違ってきます。これは、個人の食事で考えてみるといいでしょう。食事そのものは、明日また働くための直接的なエネルギー補給、すなわち中間消費と捉えることができますが、明日に残るかもしれないお酒とか、エネルギーの過剰摂取になりかねないお菓子とかは、その消費で得られる満足感自体が目的となる最終消費と見ることができます(明日への精神的活力の補給という側面はありますが)。旧来の政治は、中間消費として動いていましたが、どうも最近の政治は政策、政治家など、あらゆる政治的なものの最終消費の場と変わってきてるのではないかという気がします。→人間を消費する政治

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人間を消費する政治

日本は元々人口過多の国なので、二百三高地以来、人間を消費することによって経済を回していく政治は、この国の基本線であり続けました。一方で、経済的余裕が生まれた高度成長期以降は、社会主義勢力への対抗もあってその傾向にブレーキがかけられたということもありました。しかし冷戦の終結を受けて、国内でも社会党が実質的に崩壊して社会主義のプレッシャーから解放されてからは、経済界、そしてアメリカに引っ張られるかたちで、規制緩和、福祉削減が進み、労働者保護の要であった人材派遣の原則禁止も取り払われ、人間を消費するシステムの再構築が進みました。そうした動きの一つの頂点が、その構造改革の成果として在任期間の5年半の間に約17万人の日本人を自殺に追いこんだ小泉政権でした。→消費型の政治

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消費型の政治

小泉政権は、刺客戦略などによって選挙を見事にショー化して、衆議院で初めて与党で3分の2を占めるという圧勝劇を演じてみせました。しかしこの政治手法は同時に、政治家をも消費の対象に巻き込むことで新規投票層を獲得するという、ある種、危険な賭けでもありました。そして『刺客選挙』では、自民党を長年支えてきたような重鎮も「郵政民営化造反組」として消費されました。しかし一転、次の参院選、そして自民党が政権から滑り落ちた前回の衆院選になると、政治家を消費する愉しみを覚えた有権者は、自民党では勝ち組だったはずの生き残り大物議員の中に次なるターゲットを見つけ、『姫の虎退治』や『エリーのクマ退治』が演じられました。消費型の政治が選挙にも及んできたことで、かつては支持者が利用のために投票するという経済の論理だけで回っていたはずの大物の自動再選の歯車が、無党派層が落選劇を楽しむために反対投票をするという消費の論理によって狂わされた格好です。そして今回の選挙では、候補者というより、民主党という政党そのものが消費の対象となったようです。→顧客満足度政治

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顧客満足度政治

消費型の政治は、政党側から見れば顧客満足度が重視される政治となります。マニフェストなんてのも、二大政党による顧客満足度競争の一端として見てみると、その位置づけ、役割がよくわかるのではないでしょうか。マニフェストは、コース料理のメニューみたいなもので、「うちの党が政権を取れば、前菜はこれで、スープはこれで・・・」という具合に続き、「じゃあ、それ」と国民が政権を選択すると、実際に調理にとりかかるわけです。で、出てきた政策という料理を食べた国民がそれに満足すれば、次の選挙でも同じ党を選ぶ可能性が高くなりますし、料理がまずかったとか、遅かった、あるいは冷めていた、なんてことになれば、別の店にしてみようか、ということにもなるわけですね。→有権者の顧客満足度

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有権者の顧客満足度

今回の投票結果について言えば、政権に就いて以降の民主党について、有権者の顧客満足度が低かったことは明らかです。しかし、また自民党政権に戻ることを望んでいるのかというと、比例区の得票を見る限りそうでもないようです。もちろん、選挙結果を受けての参院の議席バランスの逆転や、今後の政権運営の困難さを考えれば、結果的には自民党政権への回帰の方向にこの選挙結果が強く働くことは明らかです。でも、一人区でみんなの党にこぞって死票を投じて、反射的に民主党の圧敗劇を演出した無党派層のみなさんとしては、民主党にオシオキをしたかっただけのようです。→オシオキ型投票行動

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