月刊基礎知識
月刊基礎知識トップページへ バックナンバーへ
秋から冬にかけてますます気になる食のキーパーソンからキーワード
 

三國清三(みくにきよみ)

1954年北海道増毛町生まれ。オテル・ド・ミクニのオーナーシェフとなって以来、日本を代表するフレンチシェフとして注目を浴びてきた。現在はミクニグループとして多くの店舗や商品をプロデュース、また、スローフードや子どもの食事教育に関する活動も精力的に行っている。

ホヤ

海の生き物でホヤ目の尾索類。見た目は多少グロテスクで、その形状から「海のパイナップル」ともいわれるが、美味で東北・北海道では食用となす。ところで、三國は、北海道増毛郡増毛町で育った。日本海に面した道北地方としては比較的温暖な地域で、実家は半農半漁で生計をたてていたが、三國は田んぼ仕事が苦手で、漁の手伝いを好んでいたという。浜に打ち上げられているホヤをおやつ代わりによく食べていたが、これで味覚を鍛えられたと本人は語っている。ホヤは、苦み、甘味、酸味、しょっぱさという人間の4つの味覚をすべて感じられる唯一の食材で、小学3年生くらいまでに4つの味を知ると味覚が発達するのだという。

ページの先頭へ 戻る

村上信夫

1921年東京生まれ。両親の急死によって料理人を志し、1939年に帝国ホテルの見習いとなる。1955年から58年の間はヨーロッパへ派遣され、リッツホテルなどで腕を磨く。1969年には帝国ホテル総料理長に就任、26年にわたって厨房の総責任者をつとめた。三國は15歳で料理人を志し、札幌グランドホテルを経て帝国ホテルで修行、1974年、村上の推薦によって駐スイス日本大使館の料理長に就任。

ページの先頭へ 戻る

フレディ・ジラルデ  Fredy Girardet

1936年生。現代フランス料理界の天才と称される料理人。サッカーのスイス代表でもあった。三國は4年間のスイス日本大使館勤務の傍ら、ジラルデに師事。ジラルデは厨房で怒鳴り、走り回るタイプの料理人で、三國も少なからずそのスタイルに影響を受けたという。大使館退任後も、引き続き2年間、そのもとで修行を積んだ。ジラルデは1996年に現役を引退。

ページの先頭へ 戻る

オテル・ド・ミクニ

滞欧中にキュイジーヌ・ナチュレル(自然と同化したフランス料理)という考え方に到達した三國は1983年に帰国。ビストロ・サカナザのシェフを経て、1985年、東京・四谷に「オテル・ド・ミクニ」をオープン。味はもちろんのこと、環境を重視するパリ郊外の3つ星レストランに倣った場所へのこだわり、シェフ自らの名を冠したこと、日本人をカタカナで呼称する国際的イメージなど、その斬新さで一躍人気店となった。

ページの先頭へ 戻る

ミクニ・グループ

三國は「オテル・ド・ミクニ」の成功に続き、「アズ・カフェ」「コートダジュール ミクニズ」「ミクニズカフェ マルノウチ」などの飲食店舗を展開。さらに皿やカップなどを販売する「ブティック ミクニ」などまで展開し、「ミクニ・グループ」(株式会社ソシエテミクニ)として年間の売り上げ30億円を誇る。

ページの先頭へ 戻る

スローフード

1980年代のイタリアで、ファストフードに対抗して生み出された概念。「スロー」は食べ物をじっくり見つめなおす、という意味がこめられている。消えつつある郷土料理や質の高い食品を守る、質の高い素材を提供する小生産者を守る、子供たちを含めた消費者全体に味の教育を進めていくこと、の3つを運動の柱とする。三國もこの考えに共鳴しており、「KIDS−シェフ」活動はその現われである。

→別項

ページの先頭へ 戻る

「KIDS−シェフ」

日本フランス料理技術組合など主催。2000年度から開始。コンビニ食やファストフードで鈍りがちな子供たちの味覚を、味覚の発達する時期に地域の食材に向かわせることで、感覚を取り戻すことが狙い。年に数回、三國が各地方の小学校をまわる。まず三國が料理を作って、子供たちの味覚を刺激、次に子供たちが地元の食材を使った料理を考え、実際それを作ってみるという内容。味覚の発達はもちろん、地域の食文化に誇りを持たせることも重要な課題である。

ページの先頭へ 戻る

ボンタン騎士団

フランスのワイン・コンフリー(振興愛好団体)の一つで、ボルドーワインの振興に貢献した人に送られる称号。同国の各ワイン産地には、当地ワインの名声を高めることを目的に騎士団が作られている。ボンタン騎士団は数ある騎士団の中でも歴史が古く、規模も大きいので、ワイン関係者にとってはあこがれの称号。三國は1994年、“メドック・グラーヴ地区ボンタン騎士団”の勲章を受章した。ちなみに、2000年には創立50周年を期し、ソーテルヌ・バルサックも含めた、「メドック・グラーブ・ソーテルヌ・バルサック ボンタン騎士団 Commanderie du Bontemps Medoc et Graves, Sauterne-Barsac」が発足している。

ページの先頭へ 戻る

リヨン ガストロノミック

別名・ミクニ研究室。ミクニが1983年の帰国後シェフを務めた「ビストロサカナザ」が「リヨン」と改称、「ミクニ研究室 リヨン ガストロノミック」となった。ミクニグループのスタッフ育成、商品開発を中心に、一流の料理人やサービスマンを育成することを目的とする。

ページの先頭へ 戻る

ミクニイズム

リヨン ガストロノミック」で掲げられている三國の仕事哲学。「一流の仕事人になる10カ条」「心掛け10カ条(サーヴィス部)」「心掛け10カ条(調理部)」の3つがあり、「食材は必ずオーダーが入ってから火を通すこと」といった技術的なことから「お客様に対して、常に笑顔で接するように心掛けること」「できませんという言い訳を探す前に、できる方法を考え出す」といった精神的な訓戒まで多岐にわたる内容。

ページの先頭へ 戻る
All Right Reserved, Copyright(C) ENCYCLOPEDIA OF CONTEMPORARY WORDS