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国論を二分するTPPという大問題
執筆者 伊藤幸太

国論を二分するTPPという大問題

TPP  Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement

まずTPPの歴史を、時系列でおさらいしてみる。2006年、ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポールの4カ国(P4:パシフィック・フォー)は、物品にかかる関税の原則撤廃、金融や知的財産、人の移動などを対象とした、広範で自由度の高い経済面での自由貿易協定を発効した。

2010年3月には、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナムの4カ国が参加し、同年10月にはマレーシアも参入。広く太平洋地域にまで経済面での連携をすすめていく拡大交渉がはじめられる。この流れで、環太平洋戦略的経済連携協定、TPPが形づくられることになった。2012年にメキシコとカナダが交渉に入り、2013年3月、首相官邸で安倍晋三首相は、日本が交渉に参加することを正式に発表した。

TPPに大きな注目が集まる理由は、その交渉のゆくえにより、国の産業、また国民生活全体に大きな影響をもたらす可能性がある、という点に集約される。

交渉が不利に進められ、その内容によっては、いくつかの産業が致命的なダメージを受けかねないという議論がある一方、合意が見送られるなど交渉が決裂し、不参加となった場合には国際的な経済潮流に乗り遅れ、日本が世界から取り残されてしまう、といったものがある。

TPPに関する議論は極めて多岐にわたる。国内の問題ひとつとっても、たとえば農業は大きなダメージを受ける可能性が指摘されている。関税の原則撤廃という視点からは、国産米より安いものが日本で流通すれば、消費者にとってはありがたいかも知れないが、農業に従事する生産者などは生活が立ち行かなくなる、というのはその一例だ。しかし同時に、国による手厚い保護(減反など)を受けてきたこれまでの農業政策に構造的な問題があり、産業としての生産性を高め、海外とも互角に渡り合える競争力をつけるべきだというのが、賛成派のいうところでもある。

農業に限らず、TPPは政府調達や知的財産、投資、金融など24の作業部会からなっており、経済産業省などは参加に前向きな姿勢を示していることから、所轄官庁によって推進か否かについては見解が異なっている。また、TPPは、実質的には後発参加国であるアメリカが主導権を握っており、その世界経済戦略の一環だとする議論もみられる一方で、あくまでも最初期にはじめられた協定の「拡大」に過ぎず、その図式に異を唱える声もある。→EPAFTAラチェット条項

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重要5項目

TPP交渉における「物品市場アクセス」に含まれる農業のなかの、コメ、麦、乳製品、牛肉・豚肉、サトウキビなどの甘味資源作物。日本政府はこれらを交渉における「聖域」と位置づけ、関税撤廃原則の「例外」とすべく現在交渉に臨んでいる。

これらが「聖域」とされる理由のひとつは各国の生産物との価格差にあるとされ、関税が撤廃されることにより自国の生産物が大きな打撃を受け、ひいては農業のあり方を大きく変容させてしまいかねない、といったものがある。先に行われたアメリカとの交渉でも、重要5項目を懸案事項とした協議が行われているが、合意に至るまでにはハードルが高く、調整はいまだ難航している。また、甘利明経済再生担当相は、4月末に予定されているオバマ大統領の来日がひとつの節目になると述べている。→減反

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減反

コメの作付け面積を減らすことで、その生産量を調整する国の政策。政府は昨年、2018年度に減反政策を終わらせる旨を発表し、競争力のある農業を目指す考えを示したが、戦後農政の一大転換となるかについては異論もある。

日本では戦前のコメ不足を経て、戦後になると国による食料管理法(1942年制定)のもと、米作農家は生活の安定が保証され、それにともない生産者が増え、同時にコメ生産量も増加していった。しかし時代を経るごとに食の欧風化がすすみ、また稲作技術の革新にともない、コメの生産過剰が問題となっていく。そこで、本格的な生産調整が1970年から行われはじめた。

減反は、文字通りコメの作付面積を減らす、という意味ではあるが、一方で、農家には減反された土地に別の作物などの「転作」を奨励し、その目的で補助金が交付され、実質的には国の管理の下、長年にわたり保護政策が続けられてきたという経緯がある。

昨年、安倍内閣は減反廃止という方針を打ち出した。強い農業を作りだすこと、またTPPを視野にいれた、競争力強化に向けた取り組みの一環として掲げられたものとされる。しかしそれでも、実質的には保護政策が続くという見方がある。

減反廃止という言葉からは、コメを際限なく作ってもよい、という印象を受ける。実際には、農家には「飼料用」コメの生産を奨励するなどして増額された転作補助金が交付され、それにより多くの農家が「飼料用」コメの生産を行うのではないか、という指摘がある。これにより、「主食用」コメ価格は維持されたままで、つまりは保護政策がべつのかたちで行われてしまい、結果として莫大な補助金が使われ続ける――という懸念の声がある。

ちなみに米韓FTAでは、韓国におけるコメは「譲許除外」として、協定発効時点では関税撤廃の対象となっていない。

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関税撤廃

TPPがこれほど大きく取り上げられることの核心のひとつが、関税の撤廃であろうことは疑いない。

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FTA   Free Trade Agreement

特定の二国間、または地域間において、関税の撤廃など貿易にかかる障壁を取り除き、より自由な取引活動を行うことで相互市場の活性を図ることを目的として結ばれる協定。自由貿易協定。→EPA米韓FTA

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EPA   Economic Partnership Agreement

経済連携協定。FTA(自由貿易協定)が特定の二国間、地域間において物品など流通にかかる分野で自由な取引を行うものだとすると、EPAは人の移動、知的財産などに関する分野など、よりひろい経済領域で連携し、相互の発展を目指すものとされる。日本では、シンガポール、メキシコ、マレーシア、チリ、タイ、インドネシア、ブルネイ、フィリピン、ベトナム、スイス、ASEAN全体とEPAを締結しているほか、現在はオーストラリアとのあいだで、日豪EPA協議が行われている。

TPP

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米韓FTA  U.S.-Korea Free Trade Agreement

2012年3月、アメリカと韓国のあいだで発効された。自動車、農業、医薬品・医療機器、投資、知的財産権など多項目にわたって規制等にかかる各種規定が設けられている。関税撤廃をはじめ、両国間で交わされた最大規模の自由貿易協定。

オバマ大統領と李明博大統領(当時)とのあいだで交わされた米韓FTAは、発効された当時は日本でも大きく取り上げられた。韓国の決断がもたらす日本市場への実質的な影響が懸念されたこと、さらに、隣国とアメリカの新しい関係構築により日本の地位低下を危惧する議論が起きたことは、日本がTPP交渉に参加するか否かをめぐっての議論とも大きく関係するものだった。

だが、発効から2年を迎え、韓国では国内経済への先行きを悲観する声がある一方、政府はその経済効果を評価。現在は、TPPへの参加にも関心を寄せているとして各種協議が続けられている。→FTAラチェット条項

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ラチェット条項

米韓FTAが発効された際、いくつかの分野で取り決められたもののひとつに、ラチェット条項がある。ラチェットとは、動作が一定の方向に制限されている機構であり、爪がついていることで反対方向への動きを許さない歯車のことを指す。この米韓の協定では、投資、越境サービス貿易、金融サービスなどにラチェット条項が適用されており、この条項が示す一方向性、その取り決めがいったん行われれば元に戻せないという規定が、それぞれの分野で定められている。TPPで取り扱われる24の項目には、金融、投資、越境サービスなどの分野が含まれており、日本がTPPに参加した場合に、このラチェット条項の強力な規定を懸念する声もある。→FTA

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セーフガード(緊急輸入制限措置)

貿易における輸入量が急激に増えると、国内の製品や産業が被害に遭う可能性が高まることから、日本ではEPAにおいて比較的柔軟で、関税の撤廃期間に限定されないセーフガード(緊急輸入制限措置)を発動する規定を設けている。だが、TPP協定参加交渉国の二国間FTAは、日本のEPAと比較して、セーフガードの発動が制限される規定となっており、またTPPに同様の内容が盛り込まれた場合に、その発動も同じように難しくなる可能性が高いという危惧の声がある。

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RCEP  Regional Comprehensive Economic Partnership

東アジア地域包括的経済連携。アールセップ。日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドの6カ国が、ASEANと持つ5つのFTAを束ねる広域的な包括的経済連携構想として2011年11月にASEANが提唱したもの。2012年11月のASEAN関連首脳会合において正式に交渉が開始された。

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WTO(世界貿易機関)

世界貿易機関。関税の低減や数量制限の原則廃止、最恵国待遇や内国民待遇、また多角的通商体制といった原則をもつ、自由貿易を促進する機関として組織された。1995年1月成立。前身のGATTが協定にとどまったことに対し、WTOは組織機関として存在しているが、2001年から開始された新ラウンド(ドーハ・ラウンド)以降、台頭する新興国と先進国とのあいだの対立から決裂したままの状態が続いている。TPPEPAなどの新しい協定が乱立するなかにあって、WTOの存在意義が問われているとの声もある。

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ドーハ・ラウンド

正式名称はドーハ開発アジェンダ。WTOによる貿易障壁を取り除くことを目的とした多角的貿易交渉。2001年にカタールのドーハで開始されたものの、先進国と台頭する新興国との交渉は難航を極め、現在は事実上の停止状態に陥っている。

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GATT

関税及び貿易に関する一般協定。1947年ジュネーブで署名開放された条約。1995年のWTOの協定が発効するまでに128カ国が署名。同年のウルグアイ・ラウンドでGATTは改組され、WTOが設立されるに到る。

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ウルグアイ・ラウンド

1986年から1995年までのあいだに行われた、世界貿易における障壁をなくし、自由化や多角的貿易を促進する目的で開かれた通商交渉。この協議により、1995年にGATTWTOに改組され、サービスや知的財産といったものも交渉の対象となった。

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甘利明  Amari Akira

第二次安倍内閣で内閣府特命担当大臣に任命され、あわせて政府がTPPへの参加表明を行ったことで、TPP担当国務大臣に就任。現在、アメリカと各種協議を行っている。神奈川県厚木市生まれ。

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マイケル・フロマン  Michael Froman

2013年6月に第11代米国通商代表(USTR)に就任。国際貿易や投資問題に関するオバマ大統領の主席顧問。現在日本とのTPP交渉において、アメリカの代表として甘利明内閣府特命担当大臣らと折衝を行っている。

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ジャパン・バッシング

80年代から90年代にかけて日本では対米輸出が好調だった一方で、アメリカでは「ジャパン・バッシング」とよばれる社会風潮が蔓延していた。対日貿易赤字が続いたアメリカでは、議会でも日本叩きが通常化。アメリカのスーパー301条などに象徴されるような貿易摩擦は厳しさを増していった。

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スーパー301条

1988年に成立。不公正な貿易慣行等の是正を目的とした、対外制裁に関するアメリカの法律。具体的には輸入関税の大幅な引き上げなどを強く迫るもので、これにより日本は牛肉やオレンジなどの柑橘類における関税縮小を余儀なくされた。→ジャパン・バッシング

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100ドルショッピング

各国との経済問題は、いつの時代にも。1985年の流行語部門・特別賞、100ドルショッピングにはこんなことが書いてある。凄まじい経済発展、大幅な輸出超過、世界経済一人勝ちの日本は、多くの国との間に深刻な経済摩擦が生じるようになった。アメリカやECからの輸入圧力に悩まされた中曽根首相は、国民に舶来品を1人100ドル買って欲しいと訴えかけた。その姿に国民は半ばあきれ、皮肉を込めて流行語とした。受賞者:中曽根康弘(内閣総理大臣)

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