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袋小路派の政治経済学*[天下り]
執筆者 土屋彰久

袋小路派の政治経済学*[天下り]

天下り  descent from heaven

天下りというのは、公務員、もしくはそれに準じた地位にある者が、その地位を直接、間接に利用して、退職後に職務上の関係が深かった業界に再就職することを言います。天下り自体は、何も官僚に限った話ではなく、地方の下級公務員のレベルでも行われていますが、天下り問題の議論となると、大抵の場合、国家公務員の中でも、特に高級官僚の天下りを念頭に置いて交わされています。この高級官僚の天下りが「ニッポンの美しい伝統」となるに至ったのは、それが日本の支配層を形成する政・官・財の鉄のトライアングルにとって、まことに都合の良い潤滑油として機能してきたためでした。公式の政治制度の上では、立法・行政・司法の抑制と均衡に基づく三権分立が強調されていますが、政・官・財という裏の三権は、相互の利益供与(形を変えた与党利権の山分け)により、がっちりと結びついて、この国の政治・経済を牛耳っています。

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構造汚職

→2006年04月号 参照

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天下りの背景「政の都合」

政治家、と言っても、保守与党の政治家ということですが、彼らは情報収集から政策立案、法案作成、そして大臣になれば国会答弁まで、官僚におんぶにだっこというのが実情です。ですから、まずその分、官僚に対して見返りを提供する必要というのがあります。たとえば、天下り先として最もよく耳にする特殊法人(現在では、「構造改革」の一環として、看板だけ独立行政法人への掛け替えが進んでいる)は、元々、省庁の公行政の下請機関という位置付けで、その運営費用は基本的に国費で賄われるために、財界のバックアップなしに政界から直接提供できる利益供与のチャンネルとして活用されてきました。また、政界は財界と官界の仲立ちを務める立場でもありますから、議員個人が族議員として、様々な業界、企業の利益代表として官僚との交渉に当たる他にも、お互いの利益供与の環境を整える必要があります。ここでよく天下り先に用いられるのは、社団法人、財団法人といった公益法人で、財界側がその運営費用を負担する一方で、政・官界側は、そこに試験・認定業務などの様々な公行政の委託を制度化することによって、体裁を整えます。この「公益法人」の看板を利用した業務委託は、おなじみの「丸投げ」を活用することによって、国費からの利益供与にもフル活用されています。

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天下りの背景「官の都合」

官僚の人生設計には、最初から天下りが組み込まれています。それくらい、今の日本の官僚システムは、天下りなしでは成り立たないということです。官僚になるためには、最低限、名門大学を卒業して、国公I種の難関を突破しなければなりませんし、さらに日の当たるところを歩くためには、東大法学部卒が大前提となります。ですから、政・官・財の中で、最も優秀な人材が「官」に集中することになります。しかし、国家公務員という身分では、そうそう無茶な高給は取れません。また、人事組織は、どこにもあるピラミッド型なので、上に行くほどポストは少なくなり、最高ポストの事務次官(一部には例外がありますが)に至っては一人となります。そんなわけで、余剰中高年のリストラ制度として、同期で誰かが次官になると、その世代は一斉に退職して民間に天下るという、いわゆる「次官レース」方式が採られたりしているわけです。このように、官僚組織というのは、中途退職が大量に出ることを前提として成り立っているので、それの受け皿がまず必要となってきます。さらに、次官にまで登り詰めたところで、給料は高が知れているので、次官経験者も含めて、彼らが「自分の能力にふさわしい」と考える所得を得るには、退職後の天下り・渡りが必須となります。

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官製談合

→2006年03月号 参照

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天下りの背景「財の都合」

日本の財界は、明治以降の開発独裁型の近代化路線の下で、官営工場の払い下げなど始めとして、国策として提供される様々な利権を軸に政界と二人三脚で形成されてきました。ですから、経済の近代化が政治の近代化を主導した欧米のケースとは対照的に、元々、財界の政界依存度が高いということがあります。このような状況は、表面的なものに終わった戦後の経済民主化の後も、基本的に変わることなく今日まで続いてきまして、この政・財のもたれ合いの構図の中で、政界が官界の協力を得て財界側が安定して収益を上げられる環境を整備するという、護送船団方式ができあがって行きました。これに対して、財界側は政界には裏表の政治献金を提供し、そして官界には天下りの受け入れという形で応えてきたわけです。日本の財界は、基本的には官界が設計し、政界が作り上げた箱庭の中で商売をしていますから、その利益をきちんと分配しなければ、商売の大前提である箱庭が壊れてしまいます。ですから、その安定的な利益分配のシステムとして、一見、金を一方的にせびられているように見える財界にとっても、一蓮托生のニッポン・システムを維持していく上で、天下りがなくてはならないというしくみになっています。

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丸投げ  subcontract

丸投げは、公共事業の発注や行政事務の業務委託などに絡んで、広く行われていることで、言うなれば、「事業費用のピンハネ」です。本来なら丸投げを受ける側に受注能力、受託能力は問題なくあるわけですから、行政の側はそこに直接、発注なり委託なり、あるいは入札にかけるなりすればいいんですよね。実際、その方が費用は絶対に安く済みます。しかし、それじゃ意味がないんですね。だって、業務委託なんて、目的の半分は天下り用法人への利益提供ですから。そのようなわけで、直接に受注する法人には、およそ施工能力も業務遂行能力もないくせに、たっぷりもらった予算から上前をはねて、実際の事業内容は下請に丸投げとなります。ついでに、この一次下請が利益付け替え用のファミリー企業だったような場合には、さらに再丸投げまでします。ついでについでに、これを受注するのが大企業だったりすると、これまた下請の中小企業に丸投げしたりします。このように、丸投げが繰り返される過程で、利益のほとんどは吸い取られてしまいますので、本当の下請業者のところに来る頃には、ほとんど儲けのない仕事となることも多かったりします。それでも、この不況で仕事がもらえるだけ有り難いと思えとばかりに叩かれるんですよね、末端の業者。悪事の片棒担がされてこれっぽっちの儲けでは、割が合わないはずなんですが。

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ファミリー企業

ファミリー企業というのは、同じような「家族」を思わせる言葉ですが、子会社とは違います。これは、主として国費から事業費用をもらっている特殊法人や、場合によっては省庁そのものが、OBなどに組織的に作らせている業務&利益の受け皿会社です。このファミリー企業を使うと、業務の発注時に費用を水増しすることで、公費を私企業の利益に付け替えることが可能になります。事業費用が国費から出ている場合、赤字でも補填されますので、これがガンガンできるんですね。そして実際のところ、ファミリー企業には、丸投げ専門のペーパーカンパニーも多く、当然ながら様々なレベルの天下り先として活用されています。

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官尊民卑

日本では、それ以前からの政治文化を受け継ぐ形で、専制色の強い明治政府の下で急速な近代化を進め、今日に至る近代国家としての土台を築き上げました。そのため、この時期に形成された文化が社会の様々な側面に色濃く残っており、官尊民卑の文化もその一つと言えます。これが、天下りシステムを精神面から支える土壌となっています。

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開発独裁  developmental dictatorship

開発独裁というのは、戦後、一部途上国の間に出てきた特徴的な体制について言われるようになった言葉です。具体的には、軍事独裁政権によって政治的安定を保つことで、外国からの投資の受け入れ体制を整備しつつ、政府の力で工業化などの経済開発を強力に推進するという体制です。限られた国力を経済開発に注力でき、また、投資の受け入れも積極的に進めるため、経済成長の初期段階では一定の効果を上げることができます。しかし、所詮は独裁政権であるため、政治腐敗や富の集中、格差の拡大と膨大な貧困層の発生といった宿業からは逃れられず、ある程度の段階で壁に突き当たります。第二次大戦前のドイツや日本は、開発独裁の先駆け的存在と言えますが、この壁を軍事独裁政権お得意の論理、すなわち侵略戦争によって突破しようとして破れたのは、みなさんご存じの通りです。しかし、日本は負け方が中途半端だったために、支配構造はメンタリティーとともにかなりの部分が温存され、その影響が今日まで色濃く残っているわけです。

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事後収賄

天下りは、汚職じゃないのか? 素朴な疑問ですよね。汚職です、立派な。具体的には、事後収賄に該当します。事後収賄、大体、字面でわかりますよね、雰囲気は。実際のところは、字面とはちょっとずれていまして、単なる賄賂の後払い、もしくは成功報酬とは違います。具体的には、公務員が、「公務員たる地位を失った後に」賄賂を貰うと、事後収賄となります。でも、実際に天下りが事後収賄として立件されたためしはありません。理由は、基本的にはパチンコ屋が賭博罪で摘発されないのと同じです。つまり、やってる側の方では、最低限、言い逃れできる体裁は整えている一方で、取締当局の側には摘発の意思がまったくないということです。天下りに関しては、物的証拠のおまけ付きの内部告発でもない限り、刑法の「請託を受けて職務上不正な行為をしたこと又は相当の行為をしなかったこと」を立証するのが、事実上、不可能なんですね。在職中の単純収賄なら、「職務に関し」賄賂をもらうだけで、請託すら受けなくてもいいんですが、事後収賄の場合には、不正の立証が必要となり、途端にハードルがバカ上がるんです。なぜ?って、聞くだけ野暮ですよね。法律を作っているのも、実際には官僚なんですから、自分たちの首を絞めるようなことはするはずありませんて。

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天上がり

天下りのように広く行われているわけではないので、呼称として一般化しているわけではありませんが、「天上がり」というものもあります。ただ、これには二通りありまして、一つは、関連業界から官界に中途採用されるという、天下りの正反対のパターンで、もう一つは、それが採用ではなく、出向、研修という形になるものです。圧倒的に多いのは、後者のパターンですが、これもさらにタイプが分かれます。一つは一般的に行われている情報拝領型で、この場合、出向職員の給料は出向元の企業持ちとなりますが、出向先の省庁の内部情報が筒抜けになるというメリットがあります。もう一つは利益拝領型で、この場合には「労務借り上げ」の形をとって、出向元の企業に法外な報酬が支払われますが、かなり露骨なやり方になるため、あまり使われません。

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口利き  mediation

「口利き」と言えば、最近では佐藤前福島県知事が汚職事件で逮捕されたように、自治体首長の「天の声」がおなじみですが(「天の声」は1993年 新語・流行語大賞に入賞)、天下りに関連して行われる口利きは、官僚OBとしての人脈を生かし、企業や各種法人の天下り役員が、出身官庁に様々な働きかけを行うのが基本です。これは、言うなれば企業と役所をつなぐパイプ役ということなんですが、政治家で似たようなことをやる族議員と違って、天下り役員の場合、あまり個人の能力は問題にされません。なぜかというと、役所の側がOBの持ってくる様々な要望に応えるのは、まさにそのOBの占めている天下りポストを確保するため、言い換えれば、そのOBが「渡り」で次の天下りポストに移った後に、新たなOBがそこに入れるようにするためだからです。そのためには、天下りポストを維持できるだけの利益を、直接、間接に提供する必要があります。つまり、役所の側の代表として、その提供の仕方を企業の側から聞いてくるのがOBの役目であって、アメとムチを使い分けて、業界側の代弁者として要望の実現を働きかける族議員とは、同じ仲介者ではあっても、基本的な立ち位置が違うというわけです。それでは天下り役員は、その立ち位置にふさわしい働きをするのか、つまり、役所の代表としてさらに利権拡大に励むのかというと、そうでもありません。業界側に天下り利権の拡大を働きかけるのは、むしろ様々な「生の権限」を持っている役所の側の現役官僚の方でして、その業績は出世にも大きく関わってきますから、鵜の目鷹の目で利権の芽を探すということになります。そのようなわけで、結局のところ、「給料を貰うこと」が、天下り役員の第一の仕事となるわけです。このような構造を理解すれば、いかに表面的に「口利き規制」を強化したところで、天下りの基本構造には何のダメージも与えない「口先規制」にしかならないということがわかりますよね。

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天の声

→2003年12月号参照

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渡り  migration

天下り役員の仕事が、給料を貰うことにあるとすれば、彼らに求められるのは、表向き言われるような、「その専門知識、経験を生かした仕事」などではありません。いかに効率的に給料を貰うか、ストレートそれです。官僚OBが、数年ごとに関係法人の役員を渡り歩いていく「渡り」は、そのために開発された人類の叡智の結晶です。これ、何のためかというと、簡単な話が税金対策なんです。天下り役員は、「渡る」時に巨額の退職金を貰っていくんですが、退職金には税法上の優遇措置があって、同じ額を給料として貰うより、退職金として貰った方が、所得税が遙かに少なくて済みます。元々は、一生に一度しか貰うことのないサラリーマンの退職金を念頭に、長年、こつこつと貯めた金なのに、一時払いになるために税金が増えるのは気の毒だという、至極まともな発想で導入されたのが、退職金に対する優遇措置でした。でも、その気になれば合法脱税のツールにも使えるんですね・・・というか、最初から便乗する気で制度設計をしたんです、この制度を作ったのが、そもそも、「官僚の中の官僚」、大蔵官僚なんですから。そのようなわけで、合法的な範囲で、最も税金が安くなるような給料と退職金のバランス、そして勤続年数をはじき出して、「渡り」のシステムができあがったということです。

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