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大人の総合学習「RNA新大陸」
執筆者 畑江嘉門

大人の総合学習「RNA新大陸」

ゲノム  genome

「ゲノム」は生物がもつ遺伝情報を全体のことです。「ゲノム」は二重らせん構造で知られるDNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)でできています。一方、「遺伝子」とは、ゲノムの中でもたんぱく質を作る能力がある部分を指します。遺伝子の情報は仲介役のRNA(ribonucleic acid、リボ核酸)に伝えられ、RNAがたんぱく質を作り、たんぱく質が筋肉や内臓、酵素、ホルモンなどになってさまざまな仕事を行うとされています。このような一連の流れを生命科学では生物の一般原理、「セントラル・ドグマ(中心定理)」としてきました。

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ジャンクDNA  Junk DNA

セントラル・ドグマ的考え方によれば、生命活動に役立つDNA部分は2%程度とされ、残りはたんぱく質を作らず、役割の不明な部分をジャンクDNAと呼び、軽視されてきました。「ジャンク」とは「がらくた」の意味です。2005年9月、日本の理化学研究所など11カ国の国際研究チームが発表した研究の成果によれば、ゲノムの2%程度とされていた生命活動に役立つ部分が大幅に増え、約70%で機能をもつ可能性がある、という画期的なものです。

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RNAの新発見

理化学研究所など11カ国の国際研究チームは、マウスのゲノムの解析より、これまで何の役にも立っていないと考えられた部分で、重要な機能をもつRNAが作られていることを発見したのです。研究グループはマウスのゲノムを詳しく分析し、計4万4147種類のRNAが作られていることを発見。このうちの53%に相当する2万3218種類は、たんぱく質合成に関与せず、遺伝子をいつ、どこで発現させるかを指令するなどの重要な役割を担っていました。ゲノムの少なくとも約7割が、RNAに転写されていることも突き止めました。

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ゲノムの森と砂漠

理化学研究所など国際研究チームの研究結果は2005年9月2日付の米科学誌「サイエンス」に報告されています。それによると遺伝子の定義を「たんぱく質を作るかどうか」ではなく、「RNAを作るもの」に拡大して定義し直した上で、RNAが作られる領域を「森」、作られない領域を「砂漠」としています。従来のイメージでは、遺伝子は広大な砂漠のオアシスのようにゲノム上に散在していましたが、研究チームの想定したゲノムは、豊かな森と森の間に小さな砂漠があるイメージだとしています。すなわち、研究成果は「たんぱく質を作るものだけが遺伝子」という狭い概念や、旧来の生命活動の考え方の再考を迫るものといえます。

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RNA新大陸

理化学研究所らの研究結果は、それまで単なる<伝令役>とされてきたRNAを、自分自身で直接、決まった遺伝子やたんぱく質と結びつき、その働き手を抑えるなどの役割をもつ、たんぱく質と並ぶ生命活動の<主役>に格上げさせたといえます。チームは「RNA新大陸を発見した」と発表しています。この発見は、医療やゲノム研究そのものにもインパクトを与えています。たんぱく質に匹敵する機能をもつRNAの未踏領域は、薬の開発など今後の研究で大きな潮流になりそうで2005年11月にはRNAとがん研究の報告書が発表されました。また、これまでのゲノム研究は、DNAとたんぱく質の解析が中心でした。それだけではヒトとショウジョウバエ、ほ乳類と植物など、遺伝子の数がほとんど変わらない生物の違いが説明できませんが、今回の発見はRNAの陰に隠れていた複雑な生命活動のネットワークを浮き彫りにし、高等生物の精密なしくみを明らかにする第一歩になるでしょう。

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