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袋小路派の政治経済学*第1講「偽装」
執筆者 土屋 彰久

袋小路派の政治経済学*第1講「偽装」

偽装

偽装というのは、カタい言い方をすると「実態と異なる表示をする」、平たく言えば「中身と見せかけが違う」ということです。簡単なものは、生鮮食料品の産地偽装から、あるいはトラックの改造データの虚偽記載、さらには強度計算用プログラムの改竄といった、専門技術を要する高度なものまで、偽装の手段は様々ありますが、基本的には偽装のやり方は二つに分かれます。一つは、見かけを変えるというもの。これは偽ラベルを貼るようなものですね。そしてもう一つは、その反対で中身を変えるというものです。これは、「居酒屋のミネラル・ウォーター」なんかがわかりやすい例でしょうか。もちろん、実際にはどっちだかわからないようなケースもいくらもありますが、たとえば姉歯事件の場合は、この関係をひっくり返したという点で、ある種、画期的でした。それまで、建築関係の偽装と言えば、一も二もなく、現場での手抜き工事が中心でした。なぜかというと、建築確認(いわゆる「建築許可」)を受けなければいけない都合上、設計図をいじるわけにはいかないので、実際の施工の段階で設計図とは違った造り方をする方がやりやすかったためです。これに対して姉歯事件では、欠陥設計図でも建築確認が通ってしまうシステムを作り上げたために、現場は設計図通りに作るだけで手抜き工事ができるようになったわけです。ただ、実際には現場でさらに手抜きを行っていたことが、検査などによって明らかになってきてますけどね。

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偽装の利益

偽装の利益の元は、基本的には、中身と見かけの価格差で、実際に見かけの価格に基づいて取引が行われた段階で、利益が現実のものとなります。そして、実際のその利益を手にすれば、基本的には詐欺となるわけです。しかし、実際のところ、どんな商売でも仕入れ値と売り値の間にはサヤがありますし、どんな商品だって、売り口上に多少の誇張はつきものです。もちろん、不当表示は取り締まりの対象にもなりますが、基本的には「社会的に許容される範囲」に納まっているかどうかの問題と考えていいでしょう。さて、ニセ・ブランド物など、ニセモノをつかませる詐欺というのはわかりやすいのですが、実際は、もっと巧妙な詐欺の方が儲けもでかく、バレにくいということを天下に知らしめてくれたのが、ライブドア事件でした。ライブドア事件では、粉飾決算、すなわち経営状態の偽装により株価を吊り上げ、高値で売りぬけるという錬金術が使われましたが、これを可能にしたのが、これまた株式交換による企業買収を可能にした近年の規制緩和でした。株価というのは、相場で値がつくものなので、適正価格などあってないようなものなので、傍目から見ると「詐欺的に高い水準」での取引でも、よほどのことがなければ違法とはなりません。ただ、一時的に株価を吊り上げても、分不相応な株価水準の場合には、市場で換金を進めればすぐに株価は下落してしまいます。ところが、ここで株式交換を使うと、市場で売れば値崩れ確実の株でも、現在の株価水準でまとめて売ることができるんですね。このように、現在の穴だらけの日本の株取引制度の下では、危ない橋を渡るのが覚悟の上なら、ちょちょっと数字を操作して株を右から左に動かすだけで、億単位のボロ儲けができちゃったりするんですね。今の日本では、こういう金の儲け方をした人が「努力した人」であり、コーゾーカイカクの優等生ということになっています。

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偽装のコスト

偽装は、通常の業務よりも一手間以上、多くかかり、しかも闇で行われることなので、意外とコストがかかります。みなさん、結構、このコストを考えないもので、勘定合って銭足らず、骨折り損のくたびれ儲けになったりします。特に、闇で仕事をするためには、関係者になんらかの形で「口止め料」を出しておかないと、すぐに情報が漏れて、当局の内偵が入ったり、ある日、雑誌にスクープ・記事が出たりすることになります。特に、こうした「イケナイ秘密」の長期管理コストや、それに失敗した場合のリスクを考えると、失うものの多い企業、すなわち大企業や老舗の場合には、結局はマイナスになると考えた方がいいでしょう。雪印にしろ、三菱自動車にしろ、そうした点で最高の反面教師となっていると思います。

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偽装のリスク

偽装は元々、形式的にはなんらかの犯罪になりますし、その利益がある程度以上になれば、つまり裏返せば被害の額が膨らめば、実質上も犯罪として摘発されることになります。ですから、偽装に伴う第一のリスクは摘発、つまり刑事責任の追及ということになります。ただ、10億儲けても、実刑2年程度の刑務所暮らしなら、刑務所に寝泊りするだけで年収5億というのと同じですから、刑事罰だけでは、あまり歯止めにはなりません。実際、その道のプロは、最初から懲役込みでデカイ山を仕掛けたりもします。ただ、最近は規制緩和に躍起とは言え、法律を作る側も手をこまねいているわけでもなく、一応、損害賠償請求などの形で、民事責任の追及も平行して可能となっています。たとえば、ライブドア事件の場合、すでに海外の秘密口座に資産を退避させているという噂もありますが、堀江容疑者の会社や株主に対する民事責任をきっちり追及して行った場合、表向きの個人資産をはるかに上回る賠償額が見込まれるの、同じ人生をもう一回やり直して摘発の直前で止めるとかしない限り、一生かかっても到底払えないような賠償債務を背負い込む可能性が高いと言えます。ついでに断っておきますが、自己破産でチャラにはできません。なぜなら、犯罪による賠償債務は、悪質な債務ということで免責の対象にはならないからなんです。同じ事は、ヒューザーの関係者についても言えます。偽装のリスク、実は民事が意外とでかかったりします。

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偽装による社会的損失

悪質さという点では、ヒューザーの偽装もライブドアの偽装もどっこいどっこいと言った感があります。しかし、ライブドアの偽装は、社会全体としては、金が右から左へ動いたような話で、直接的な損失はそれほど発生させていません。それに対して、ヒューザーの事件は、一部の耐震強度が低すぎるビルは、すでに解体工事が始まっているように、建築資材や労働力の壮大なムダ遣いとなったという点で、直接的損失は、比べ物にならないほど大きいと言えましょう。同じヒューザーが倒産するとしたならば、倍の費用をかけて頑丈なビルを建てて、値段が高すぎて売れずに倒産する方が、社会全体にとっては財産が増えたことになるのでプラスなんですよね。これは逆説的のように見えて、まったくホントの話で、イイものを作って潰れた会社の方が、ワルイものを作って儲けた会社より、社会には何倍も貢献しているんです。ところが、今のように政府が率先して「儲けたもん勝ち」の旗を振っている状況では、社会に損失を負わせてでも儲けた会社の方がもてはやされる結果、むしろ社会には見えない部分にマイナスが蓄積されていくことになります。また、このような大規模で悪質な偽装事件が発覚すると、人々は偽装に引っかかるリスクに対して敏感になる、すなわち用心深くなるので、「取引の安全性確認のコスト」が増加するというマイナスが発生します。たとえば、元々問題のない建物は、どれだけ丁寧に検査したところで、それはムダ働きです。そして、厳格な建築確認制度により、問題のある建物が市場に出るようなことがなく、万が一、欠陥があったとしても、建築確認の責任者である国が補償をするというような手厚い消費者保護制度が採られていれば、個々の消費者が自腹で検査する必要もありません。しかし、実際の制度は、消費者に過酷な自己責任原則を押し付けるものであるために、政府の責任放棄によって発生するリスクが、消費者にムダなコストを発生させ、社会全体としても非生産的な事業がビジネスとして拡大する結果となり、生産力のムダ遣いにつながります。株式市場だって、基本的なメカニズムは同じで、規制緩和(=行政当局の管理責任の放棄)により、一般投資家にリスク・マネージメントの過大な負担を押し付けることになれば、それだけ株式取引は非効率なものとなります。

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居酒屋のミネラル・ウォーター

私が、居酒屋でバイトをしていた友人から、直接教えてもらった方法をお教えします。まず、ケースにミネラル・ウォーターの空き瓶をきれいに並べます。次に、その上から新鮮な水道水をホースでじゃばじゃばと注いで、水を口いっぱいまで入れます。次に、闇の伴天連が黒魔術で作り出したとも言われる、神秘の十字架を取り出します。この神秘の十字架は、割り箸でできていまして、口いっぱいに水道水が入った瓶の口に十字架の足の方を入れていくと、ちょうどいいところで手が引っかかって止まるようになっています。こうして、一つ一つの瓶の口に神秘の十字架を入れては抜いて、入れては抜いてという具合に、秘密の儀式が執り行われます。そうすると、あーら不思議!さっきまでただの瓶詰め水道水だったのものが、酔客のテーブルに運ばれる頃には、魔法の力でミネラル・ウォーターに変わっています。

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建築確認

世の中では、よく「建築許可」と言われますが、正式には建築確認と言います。日本では、建物は勝手に建ててよいというわけではありません。もちろん、場所や広さ、構造などによって、建築確認が不要なものもありますが、基本的には6畳以上の広さで屋根がある建築物を、普通に人が暮らしているような場所に立てようと思ったら、建築確認が必要となります。逆に言えば、屋根さえなければ壁があっても大丈夫で、モービル・ホームのように車輪がついていて可動式であれば、建築確認は不要です。建築確認と言うのは、建築基準法、その他、建築関係の諸法規に、その予定の建築物が適合しているかを判断することで、その意味では「建築計画の適法性審査」と表現した方が、わかりやすいと思います。だって、「建築確認」じゃ、建築工事完了の確認みたいですからね。この建築確認業務、以前は国(正確に言うと自治体)の仕事でしたが、1998年の法改正で民間の検査機関にも業務が開放され、現在では年間の処理件数が国と民間で半々程度にまでなってきています。

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偽造  forgery

姉歯事件を巡っては、メディアによって、偽装と言ったり偽造と言ったりまちまちなので、偽装と偽造の異同もはっきりさせておいた方がいいでしょう。同じ行為が、偽装にも偽造にも該当するという場合もありますが、偽造の方がより個別的、具体的であるという点、また、偽造は通常、正規の権限者以外によって行われるという点が、わかりやすい相違点です。姉歯事件の場合、姉歯元建築士は、問題の強度計算書の作成にあたっては、正規の権限者ですし、計算書そのものは本物なので、「偽装」の方が適当です。無理矢理にでも「偽造」という表現を使いたいのならば、強度計算ソフトに細工してはじき出した計算データに関しては、より個別、具体的ですし、公認ソフトという「正規の権限者」の代わりに数値の算出を行っているわけですから、「偽造」と表現しても問題ないでしょう。ただ、法律用語の世界に関しては、通貨偽造や有価証券偽造などに関しては、ここでいう「偽造」と同義で問題ないのですが、文書偽造(公、私)あたりになると、「偽装」といった方がいいような行為も、「偽造」にひとまとめにしていたりしますので、通常の用語法とは分けて考えた方がいいでしょう。

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粉飾決算  a window-dressing settlement

粉飾決算というのは、会社の経営が実際よりもうまく行っているように経営陣が決算を偽装することで、株式の上場とは関係なく商法違反の犯罪となります。かつては、「タコ足配当」などを典型として、経営陣がその地位に居座るために、株主に対して経営状況を良く見せかけるというのが、この粉飾決算の基本でした。しかし、ライブドア事件では、巨額の黒字を偽装しつつも無配当を続けていたように、最近では粉飾決算の意味合いも変わってきています。これは、経営陣の保身のような、ある意味消極的な理由からではなく、株価の不当な吊り上げといった、より攻撃的で積極的な理由から、粉飾が利用されるようになってきていることの表れで、その背景には、株式市場でかつて以上に大胆で悪質な錬金術を繰り広げることを可能にした、一連の規制緩和の流れがあります。

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タコ足配当

「タコは飢えると自分の足を食う」という俗説から生まれた言葉が、タコ足配当です。赤字でも、ただ資産を食いつぶす形で株主に配当の出すのなら、それは形を変えた「部分清算」とも言えるので、株主にとって、直接に損害となるわけではありません。しかし、配当の原資は税引き後利益と、税法上決まっているので、赤字なら本来は払わなくていいはずの税金をわざわざ払ってまで配当を出すことになるので、こうなると純然たる直接的損害が発生します。もちろん、間接的ながら大きな損害として、現経営陣の失策や無能ぶりが糊塗されてしまうということはあるわけですが。ちなみに、生物の構造上、体は内側から分解した方が効率がよいので、共食いならいざ知らず、タコが自分の足を食うというのは考えられず、足の本数が足りないタコが漁で上がったりするのは、ウツボなどのパワフル&アグレッシブな魚に食いちぎられての結果と考えられています。

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