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ノーベル賞とその研究テーマに関する数値と単位
―― 小柴昌俊氏と田中耕一氏のノーベル賞受賞記念
著者 白鳥 敬

この章の参考項目

頭脳流出

本誌1969年版収録。以下、

科学者や技術者、医者など高い知的レベルをもつ国民が、外国へ移住する現象。戦後、欧州諸国から米国への頭脳流出が起こり、はじめは戦後の過渡的現象として見過ごされていたが、1955年以降においても米国への流出がますます盛んになったため、とくに英、独、カナダで深刻な問題となっている。56〜61年に約5000人が欧州諸国から米国へ頭脳流出し、それが対米技術格差の原因の重要な因子とみなされるようになった。日本の場合は、言葉、風俗習慣、人種偏見などの理由で、米国への頭脳流出は年間十数人程度とみられるが、とくに数学や理論物理の分野で顕著で、数学者の流出が最も憂慮されている。留学や一時的訪問はむろん頭脳流出の範疇に属さないが、米国では所得と生活の水準がよく、研究者はとくに優遇され、雇用の機会が豊富、実力主義、研究環境がよいことなどが頭脳の吸引力となっているものとみられる。

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ニュートリノ(neutrino)

本誌2000年版収録。以下、

電気(電荷)はもたず、質量(重さ)がほとんどゼロの粒子。最も基本的な素粒子のひとつである。中性子のベータ崩壊や各種の中間子の崩壊の際放出される。1933年にパウリが理論的に存在を予言し、26年後に実験で確認された。3種類のニュートリノが存在する。その中の電子型とミュー型のニュートリノの存在は早くに実証されたが、タウ型の実在がアメリカのフェルミ研究所で最終的に確認されたのは2000年になってからで、その実験では名大のグループが決定的な役割を果たした。ニュートリノと他の粒子の相互作用が非常に弱く、地球に外部から入射してもほとんど全部が地球を素通りしてしまうほどなので、観測が難しい。大量の塩素、ガリウム、水素などの原子核に衝突したときごくまれに起こる逆ベータ反応などにより検出する。物質を素通りするため、宇宙のはるか彼方や太陽中心部で発生したニュートリノが、そのまま地球にやってくる。87年の大マゼラン星雲中の超新星爆発の際放出されたニュートリノが、岐阜県神岡鉱山にある東大のカミオカンデという巨大な装置で検出され、ニュートリノ天文学の幕開けとなった。神岡では、さらに大きなスーパーカミオカンデという装置が建設された。

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ニュートリノ天文学

本誌2000年版収録。以下、

小柴昌俊東大理学部教授をリーダーとする日米共同チームが岐阜県神岡の実験装置を使って、大マゼラン雲の超新星「1987A」からのものと思われるニュートリノの検出に成功した。この時すなわち1987(昭和62)年1月がニュートリノ天文学の誕生のときとされている。ニュートリノは電荷をもたず質量もほとんどないと思われている素粒子で、物質透過力が強く、地球など簡単に通り抜けてしまう。実験装置は3000トンの水と光検出器からなり、ニュートリノのごく一部が水と相互作用したときにできる荷電粒子の放つ光を検出するようになっている。さらに、水の量を10倍にし、光の検出器の数を70倍以上にしたスーパーカミオカンデも岐阜県神岡鉱山において1996(平成8)年に観測を開始した。ニュートリノのすぐれた透過力を利用すれば星の内部や銀河の中心を見ることができるようになる。大気のない月面に検出器を設置すればすぐれたニュートリノ望遠鏡が期待できる。

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スーパーカミオカンデ

superkamiokande 岐阜県神岡鉱山の地下1000メートルの地点に、東大宇宙線研究所を主体として日米共同で建設した素粒子観測装置。超新星から来たニュートリノの観測などで大きな業績をあげたカミオカンデという装置の、第2世代である。岩盤をくりぬいてつくった巨大な水槽の側面と上下底面に、光を感じる測定器(光電子倍増管)を敷きつめてある。水槽を満たす5万トンの純水中を電気を帯びた素粒子が高速で走ると、チェレンコフ光という光が出るので、それを検出して粒子の通過を知る。観測は1996年に始まった。第1の目的は、大統一理論が予言する陽子の崩壊の発見である。水槽中の水の分子に含まれる陽子が崩壊すると電子などができるので、それを観測する。この現象は10年間に7例ほど起こることが期待される。第2の目的は、ニュートリノの観測である。水槽に飛び込んだニュートリノはほとんど全部そのまま通過するが、まれに水の電子と衝突するので、その結果飛び出す電子やミュー粒子を検出すれば、ニュートリノの型や走った方向とエネルギーがわかる。これらの観測ではノイズを徹底的に抑える必要がある。最大のノイズは宇宙線として地上に降り注ぐミュー粒子なので、それを遮断するために地下深く装置をつくるのである。神岡のホームページは http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/

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マイナスイオン

minus ion  負電荷あるいは負電荷をもつ物質の総称。アニオン(anion)と同義であるが、最近話題になっているマイナスイオンとは、負電荷を帯びて、空気中に浮遊する物質や、身体に触れる物質を意味する。例えば、マイナスイオンを発生するエアコンやマイナスイオンをもつ寝具などが発売され、血液がサラサラになるとかリラックスできるという理由で健康商品として人気をよんでいる。原理的には、マイナスイオンと同数のプラスイオンが存在するはずで、マイナスイオンのみが健康によいのか、またどのような理由で健康に影響するのかはほとんど解明されていない。しかし最近シャープでは、同社の除菌システムが、ウイルスを不活性化する効果をもつことを実証したと発表した。空気中にプラスとマイナスのイオンを放出し、インフルエンザウイルスや院内感染の原因となるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の増殖や感染能力を失わせるとして、エアコンや空気清浄機に搭載している。30平方メートルの部屋で除菌システムを作動させると、約2時間で99%のウイルスが死滅したという。

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田中耕一

2002(平成14)年のノーベル化学賞は「生体高分子の新しい構造解析法の開発」に対し、質量分析(MS mass spectrometry)と核磁気共鳴(NMR nuclear magnetic resonance)の2つの分野で業績のあった田中耕一氏(43歳、島津製作所・ライフサイエンス研究所主任)、ジョン・B・フェン博士(85歳、バージニア・コモンウエルズ大学教授)、クルト・ビュートリッヒ博士(64歳、スクリプス研究所客員教授)の3名に贈られた。19世紀の末に確立された質量分析法は、低分子物質の同定に使われてきたが、1988年にフェン氏が自由に飛び回るたんぱく質イオンを作りだす方法(ESI エレクトロスプレイイオン化法)を発表し、田中氏は87年にレーザーを試料に当てて小さな断片にして自由空間に解放する方法(SLD ソフトレーザー脱着法)を発表した。両氏が開発した穏和な脱着イオン化法を用い、たんぱく質のような生体高分子の質量が正確に測定できるようになった。この方法はたんぱく質分子の立体構造決定と機能の解析のみか、新薬の開発、食品の品質検査、がんやマラリアの早期診断などに有効な技術として、ポストゲノムシーケンス時代になくてはならない技術のひとつである。ビュートリッヒ氏はNMRを生体高分子の構造解析に適用できるようにした。

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