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ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド
執筆者 高木尋士

ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド

『ロスジェネの逆襲』

 主人公の名前は「半沢直樹」。

 今や知らない人はいない。それもそのはずだ。テレビドラマ「半沢直樹」(TBS系日曜日21時)の人気が凄まじい。第9回(9月15日放送)まで終わったところで、平均視聴率は35.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区、以下同)を記録し、瞬間最高視聴率は40.1%を叩きだした。右肩上がりに跳ね上がっている。そんなドラマ人気により、シリーズ三作目にあたる本作も30万部を突破し、電子書籍化も決定した。そして、四作目の「銀翼のイカロス」が『週刊ダイヤモンド』で連載中だ。

池井戸潤著、ダイヤモンド社刊。税抜本体1500円。

 主人公半沢直樹の「やられたら倍返しだ」という一言は、流行語になった。その言葉通りの展開が読者を惹きつけてやまない。半沢と一緒に戦っているという感覚を味わえる企業小説となっている。タイトルにある「ロスジェネ」とは、「ロストジェネレーション」の略だ。本作の内容は複層的なので、用語とともに箇条書きに整理してみる。

 団塊世代=1947〜1949年に生まれた第一次ベビーブーム世代。バブルを生んだ世代とも言える。

 バブル世代=1980年代後半〜1990年代初めに大量採用された人々。お荷物世代、穀つぶし世代と言われた。

 ロスジェネ世代=バブル崩壊後、1994〜2004年の就職氷河期に社会に出た人たち。バブル世代の管理職に使われる。半沢はバブル世代で、その部下がロスジェネ世代、ということだ。

 さて、舞台は、半沢直樹が出向している証券会社だ。なぜ銀行の物語が証券会社に移ったのか。半沢直樹は、東京中央銀行大阪西支店で5億円を回収し(「オレたちバブル入行組」)、東京中央銀行本店営業2部次長として、伊勢島ホテル再建に道筋をつけ、金融庁検査を乗り切る(「オレたち花のバブル組」)が、そこで役員を追い詰めたため、証券会社に出向させられている。

 本作を一言で言えば、「IT企業の買収と買収防衛」。銀行、証券会社、企業それぞれが、虚虚実実、根回し裏ワザ、正面突破に反則すれすれの手段などを使う中で、ロスジェネ世代が活躍するというものだ。その痛快さは、前2作同様だ。

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『オー!ファーザー』

伊坂幸太郎著、新潮社刊。税抜本体750円。

 主人公の高校生・由紀夫と、その友人の多恵子の会話から物語は始まる。「うちの父親、昨日、わたしの部屋に勝手に入ったんだよ。信じられる?」。由紀夫は心の中で反論する。「多恵子はまだマシだ。うちには父親が四人いるんだ。信じられるか?」と。

 そう、由紀夫には父親が4人いる。大学教授で博学卓識な悟、チンピラ風ギャンブラーの鷹、格闘技好きで中学教師の勲、元ホストで女好きの葵。4人の男と同時に付き合い、つまり四股をかけ、その全員と結婚した強者の母親は、作中には殆ど登場しない。個性豊かな父親たちと、それぞれの要素を少しずつ継承した由紀夫を中心に、事件は展開していく。

 本作はもともと新聞連載であり、たびたび事件が起こる。鞄のすり替え、練炭自殺、空き巣、不登校、心中の遺体、知事選挙……。一見バラバラに見える伏線は最後には収斂していき、大きな一つの物語を描き出す。

 「子供の頃から、気を抜くと、その場にいるはずのない父親たちの声が聞こえてくる、という経験が多かった」「父親たちの言葉によって、自分が構築されているような気持ち悪さすらある」。事件に遭遇した由紀夫の判断を助けるのは、子供の頃から刷り込まれた父親たちの言葉だ。いざという時に親の言葉が脳裏に浮かぶことは誰しもあるだろうが、由紀夫の場合は4人分だ。父親の発言が息子に与える影響を考えずにいられない。

 父親が4人という突拍子もない設定だが、一人で何でもできるスーパーマン的ヒーローよりも、それぞれに得意分野を持つ彼らの箴言には、説得力があり、愛嬌が感じられる。

 個性溢れるキャラクター設定が人気を呼び、2014年春には映画化が予定されている。

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『人間にとって成熟とは何か』

曽野綾子著、幻冬舎新書。税抜本体760円。

 新書の売れ筋である「何か」本。それらは、それぞれのテーマに沿ってストレートに作者の思いが書かれているのが常だ。本書も例にもれず、真っ向勝負のストレートな仕上がりとなっている。

 タイトルにある「成熟」という語をキーワードに18の項目からなっている。「憎む相手からも人は学べる」「諦めることも一つの成熟」「礼を言ってもらいたいくらいなら、何もしてやらない」「他人を理解することはできない」「人間の心は矛盾を持つ」「正しいことだけをして生きることはできない」など、誰もが気付いていながら、なかなか言葉にならないことが的確に述べられている。

 著者は、曽野綾子。言わずと知れたクリスチャン作家だ。1979年にローマ法王よりヴァチカン有功十字勲章を受章し、2003年には文化功労者、2012年にはこれまでの業績に対して菊地寛賞を受賞している。作家として数多くの著作があるが、中でも随筆には定評がある。本書は幻冬舎のPR誌『星星峡』に「成熟した大人、未成熟の大人」として、2011年から3年間の連載がまとめられたものだ。

 成熟した大人とはどんな大人か、未成熟の大人とはどんな大人か。本書はその一点に向かってさまざまな角度から斬り込んでいく。その斬り込み方が本書のキモと言える。齢80を超えた著者が、舌鋒鋭く、言葉を刃に斬り進む様は爽快だ。「問題だらけなのが人生」「いいだけの人生もない、悪いだけの人生もない」「すべてのことに善と悪の両面がある」と悟りにも似た豊かな切り口が全編を覆っている。

 読む人の年齢によってその響きは変わるだろう。80歳の人だからこそ共感できる言葉がある。20歳の若さだからこそ心に刺さる言葉もある。著者は語る。「人は年相応に変化する方が美しい」と。さながら弦楽四重奏のようだ。

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『タモリ論』

 「それではこれから《タモリをめぐる冒険》を始めましょう。」

 という肩の力の抜けた宣言から始まる本書。続けて、「この本を読み通したからといって《タモリとは何か?》といった大いなる謎が解けたり、タモリ博士になれたりするわけではありません」。そんな著者の断りが本書全体の雰囲気をまとめ上げている。確かに「タモリ【論】」という堅苦しいものではない。あえて言い切るなら「タモリ【愛】」だろうか。

 著者樋口毅宏は小説家だ。『さらば雑司ヶ谷』で鮮烈なデビューをし、『日本のセックス』『ルック・バック・イン・アンガー』など、その独特の視点が熱烈なファンを獲得している。そんな著者が「タモリ」という一つの「日本の現代文化」を芯に据え、テレビ界、お笑い界などを俎上にあげた軽快なエッセーが本書だ。学術論文のように、論理を組み立て掘り下げているのではなく、最後まで「タモリ愛」を貫き通している。

 「笑っていいとも」のエピソードが、これでもかと披露され、「たけし」「さんま」というお笑い界の「神」を引き合いに出しながら、タモリの「凄さ」「孤独」「絶望」などを描き出していく。そうしてタモリという価値を描くことによって、本書は、著者が過ごした時代を論じた現代社会論あるいはメディア論とも読めるだろう。

 「人は生きているうちに何度か、人生の通過儀礼として、タモリを刮目して見るときがきます」と、著者は語る。そして、「笑っていいとも!が最終回を迎えたあと、『芸人・タモリ』は『人間・タモリ』になる」「タモリをテレビの中から出してあげたい」と愛に溢れた言葉で締めくくられている。

新潮新書。税抜本体680円。
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『里山資本主義』

 オビには、「これが日本の解決策!」と大書されている。確かに大胆とも言える提言がなされている。サブタイトルは、「日本経済は安心の原理で動く」とある。「安心の原理」、そして「里山資本主義」。聞きなれない言葉かもしれないが、本書を読めば、人間の当たり前で、自然な姿が浮かび上がってくることに驚くはずだ。

 著者は、藻谷浩介(もたに・こうすけ)とNHK広島取材班の共著となっている。それには理由がある。本書は、テレビ放送から始まっている。NHK広島が製作したドキュメンタリー番組(プロデューサー井上恭介、「里山資本主義」という語の生みの親。藻谷浩介出演)が話題を呼び、書籍化が実現したのだ。

 藻谷浩介にとって、二冊目の書下ろしとなる。その藻谷浩介だが、平成合併前の約3200市町村の99.9%、海外59か国をほぼ私費で訪ね、その各市町村という実地現場で人口、各種統計、郷土史などを照合研究しているのだ。その取材力と現場主義的視点が本書に圧倒的な説得力を与えている。

「里山資本主義」とは何か。「かつて人間が手を入れてきた休眠資産を再利用することで、原価0円からの経済再生、コミュニティ復活を果たす現象。安全保障と地域経済の自立をもたらし、不安・不満・不信のスパイラルを超える」(本書より抜粋)。具体的には、我々の先祖が大切に育んできた自然と共に生きるシステムである。そのシステムを守ると今でも、水・食料・燃料、そして幾らかの現金収入があるとする。そして地域の強いきずなによって、心の豊かさも得られると。

 都会で人ごみにまみれ働くよりも、里山での暮らしの方が、お金はないけどはるかに豊かな生活を送っているということが本書からわかる。里山には今も人が生きていくのに必要な資源と資本があり、その資源を生かすことが今後の日本経済の一つの解決方法だとする提言。著者の説得力ある言葉と豊富な実例がそれを証明している。

角川書店刊。税抜本体781円。
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『子どもが変わる 怒らない子育て』

嶋津良智著、フォレスト出版刊。税抜本体900円。

 ファン待望の「怒らないシリーズ」の第三弾。第一弾の『怒らない技術』は、2011年書籍売り上げ(オリコン調べ)で、23位を記録し、第二弾は、『怒らない技術2』。そして、第三弾の本書でシリーズ累計80万部を突破した。著者嶋津良智(しまづ・よしのり)は、教育コンサルタントという肩書で20代より営業職で実績を上げ、28歳で独立後、株式上場(IPO)を果たした。その後、次世代を担うリーダー育成のための「リーダーズアカデミー」を設立し、現在は執筆・講演・若手育成に取り組んでいる。

 本書は前2作を踏襲した手法で、とても具体的にテーマに向かっている。

 「いつも自分の言ったことに従う子どもは、親にとってみれば育てやすいと感じてしまいがちです。ですが、子どもは、(中略)自分を殺してしまっている可能背があります。これは、(中略)虐待です」と言い切る著者には、理想と現実がはっきりと見えていることがわかり、読者はその安心感にどんどん引き込まれていくはずだ。

 子どもと親の関係、言葉、態度、生活などを噛んで含めるような優しい口調で問いかけていく。42もの項目すべてに「まとめ」が設けられ、そこだけを拾い読んでも「気づき」があるはずだ。一度全体に目を通し、その後、生活の中での問題に対して、各項目を選び読み返すという読み方もできる。

 「親が子どもを育てるわけではありません。子どものなかの有能な指導者を呼び覚ますのが親の役目です」。印象的な一言だ。

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『もっとスゴイ! 大人のラジオ体操』

中村格子著、講談社刊。税抜本体1200円。

 第2次ラジオ体操ブームを作り出した前作『実はスゴイ! 大人のラジオ体操』の第2弾である。どちらもDVD付きの本だが、こちらには、ラジオ体操第2も収録されている。

 「第1の方は音楽を聞けば自然に体が動いてしまうけど、第2体操の方はあまりやったことがない」という人は多いかもしれない。それはラジオ体操第1が作られ、全国に熱狂的に広がった(昭和26年。第2次ブーム)後、職場の人々を対象とした第2が作られたからだ、と本書にある。だから体操の内容としては、よりハードで複雑な動きになっている。

 ラジオ体操なんてどうせ準備運動だろう、などと思って軽視している人は、これ1冊を買って、懇切丁寧なDVDの指示に従って、第1・第2をやってみれば、3分で汗は出るし、パート別に効果が書かれていることも納得するだろう。その効果も、単に腰にいいですよ、お腹にいいですよ、というレベルにとどまらず、「小顔、二の腕、呼吸機能」という美容にまで注意が払われている。末尾には「大人のストレッチ」も収録。

 日頃、運動不足を感じている人、すぐ本屋に急ごう!

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『日本人の知らない日本語 4 海外編』

蛇蔵&海野凪子著、メディア・ファクトリー刊。税抜本体950円。

 これも、人気シリーズの第4弾。今回は、世界各国の日本語を教えている現場を訪ね歩き、「ユーはどうして日本語を?」を聞いて歩いた。その成果が、相変わらずの絶妙のマンガで表わされている。

 訪ねた地は、フランス、ベルギー、ドイツ、イギリス、オーストリア、チェコ、スイス。

 フランスでは、「日本語は擬音がたくさんあって面白い」と言われたので、例を聞くと「しーん」という答え。「“静寂の音”という考え方があるのにびっくりし」たそうだ。確かに。

 ベルギーの学生は、新聞で常用漢字外をひらがなにするため、「経営破たん」「ごう音」「あい路」などの表現になることに異を唱えた。轟音と書くと、車が3台連なっている感じ(=漢字)がして、わかりやすいのだそうだ(隘路がなぜわかりやすいかは、本書を読まれたし)。

 象形文字である漢字に興味を引かれる外国人のエピソードも頻繁に紹介される。たとえば、繭。草と虫と糸だから、論理的なのだそうだ。

 それにしても驚くのは、マンガはもちろんのこと、ジャニーズやAKB、そしてお笑いタレントから演歌まで、日本の現代文化の愛好家が各国に存在すること。

 ではここで問題です。オーストリアでこのような質問がありました。あなたならどう答える? 「『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』。この文の主語はなんですか?」。答えを知りたい方は、本書88ページへ!

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