月刊基礎知識
月刊基礎知識トップページへ バックナンバーへ
アベノミクスの転がり方part.2
執筆者 土屋彰久

アベノミクスの転がり方part.2

国民総所得  Gross National Income

安倍首相は、今後10年で一人当たり国民総所得(GNI)を150万円増やすとぶち上げています。言い始めたのが参院選前だったこともあり、選挙向けの根拠薄弱な数字とも見られていますが、この数字には二重三重のからくりがあって、意外と無理な数字でもありません。それは、国民と言っても法人も含めての国内外での総所得を分子にして、人口を分母にしているためです。

つまり、日本の人口が減り、人件費の安い国外での企業生産が増えると、分子が増えて分母が減るので、意外と数字だけは上げられるんです。もうちょっと具体的に言うと、世界銀行発表の直近2012年の数値は47,870ドルで、これをスタートにすると、当時の為替が80円として大体、380万円です。

現時点では国民所得の大部分が国内で生じているために、円安はドル建て所得を圧縮する方向にも働きますが、今後の10年間で100円という現在の為替レート通りにインフレが進んだ場合には、それだけで約25%=95万円、つまり目標の3分の2近くは達成できてしまいます。

さらにTPPの下では、企業はより有利なTPP域内の国々に進出する一方で、国レベルでの福祉切り下げ競争に駆り立てられる国内では、寿命の短縮により高齢者を中心に人口がどんどん減っていきます。そこにアベノミクスのツケでハイパーインフレでもやってくれば、企業の海外所得は大幅な円安により水増しされ、一方で人口は減るので、「一人当たりGNIを150万円増やす」ことだけなら、TPPに参加するだけで簡単に実現できそうです。

しかし、生身の国民の所得が増えるわけではありません。実は日本では、規制緩和が進んだ小泉政権以降、一人当たりGNIは増えていますが、平均給与は逆に減っています。つまり、一般家庭の給与所得を減らし、企業の利益を増やすようなやり方でも、一人当たりGNIは増やすことができるということです。

ページの先頭へ 戻る

ヘイトスピーチ

自民党内でも長年、極右タカ派の代表格であった安倍首相は、最近とみに存在を誇示するようになってきた、新興の保守・右翼勢力(ネトウヨ、在特会など)の信望を最も集める政治家の一人です。そんな安倍首相を、彼らの多くは親しみを込めて「安倍ちゃん」と呼んできましたが、その安倍ちゃんが首相になってから、我が世の春とばかりに活動を活発化させ、コリアン・タウンで有名な東京の職安通り、大阪の鶴橋などで、在日韓国・朝鮮人に対して敵意をむき出しにしたデモを繰り返すようになりました。そこでは、「朝鮮人は帰れ」といったレベルにとどまらず、「朝鮮人を殺せ」とか、「朝鮮人は皆殺し」といった怒号が普通に飛び交っています。

このように、特定の集団に対して敵意に満ちた言葉をぶつける行為はヘイトスピーチと呼ばれ、人種問題に敏感な先進国の多くで規制されています。こうしたヘイトスピーチの激化を受けての国会答弁で、安倍首相は「極めて残念」とは答えたものの、規制には消極的な姿勢を貫いています。その甲斐あってか、参院選の終盤、秋葉原での安倍首相の街頭演説に集まった支持者は、「マスゴミは朝鮮半島に帰れ−」と気勢を上げていました。

ページの先頭へ 戻る

消費税還元セール禁止法

ヘイトスピーチの規制には消極的な安倍政権ですが、消費増税反対の声には過敏に反応するようで、消費増税に合わせて、「消費税還元セール」などと銘打ったセールを禁止するという無茶な法律を制定してしまいました。正確には、消費税転嫁対策特別措置法と言い、増税相当分の割引セール自体を禁止するわけではなく、それを「消費増税分の割り戻し」の如くアピールすることを禁じています。ついでに、これまで税込み価格表示を義務づけていたものを、税別表示を以前のように解禁したので、増税で支払総額は3%増えているのに表示価格は5%下がるという詐欺まがいの商法を、法律が後押しするような話になっています。

ページの先頭へ 戻る

攻めの農業

安倍政権は、自民党にとって長年にわたり最大の支持基盤であった農民の強硬な反対を押し切り、TPP参加を強行しようとしています。農協がTPP反対を掲げて野党統一候補の支持に回った「山形の乱」も不発に終わったように、少なくとも参院選に関しては農村票の離反リスクは限定的だったようで、安倍政権の農村対策もぞんざいでいい加減なものになっています。「攻めの農業」などはその典型です。

攻撃は最大の防御とばかりに、日本の農業も輸出競争力を身につければいい、付加価値の高い農産物を中国の富裕層に売ればいい、といった話がよく出てきますが、そんな勝ち組になれるのは、今の農民のせいぜい2,3%がいいとこでしょう。なぜなら、先進国で保護政策なしに専業農家が平均以上の所得を得るためには、アメリカの様に少ない人数で広大な農地を管理するしかないからです。しかもそのアメリカでさえ、実際には農業は様々な保護政策で守られています。

農業は、基本的に守りの産業です。国民の日々の食生活、人口の再生産、国土の保全、これらを守ってきたのは農村です。この貴重な複合的有機的資産をハイリスク・ハイリターンの「攻めの農業」に投じてどうなるか。成功で得た利益は勝ち組が独占します。それを推奨するのが今の経済政策です。しかし、失敗が目に見えている9割方がかぶる損失は誰が負担するのか?それは結局、国民全体に降りかかります。管理の及ばない外国の農場でどんな作物が作られるかは、中国の例からもう十分に学んだはずです。こんな自殺的ギャンブルには、農村という国民レベルで生存のために必要な資産を突っ込んではいけません。

ページの先頭へ 戻る

山形の乱

参院選で沖縄などと並び、注目の選挙区の一つとなったのは、山形でした。理由は、これまでほぼ一貫して自民党の強力な支持基盤であり続けてきた農協が、野党候補の支持を打ち出したためです。その野党候補は、TPPや消費増税などの政策をめぐって民主党を離党しみどりの風を結成した現職の舟山康江で、共産党を除く野党の統一候補となりました。これに対して、普段は県政の功労者を持ってくることが多い自民は、それとは対極の若い女性(若い舟山よりさらに若いのがポイント)を候補に連れてくるという、思い切ったイメージ戦略と水面下での組織票固めという伝統的手法を組み合わせて対抗し、全国屈指の高投票率となったこの選挙戦を小差で制しました。

結果的には、共闘から外れた共産党の票が入っていれば逆になっていた計算で、それができた沖縄とできなかった山形の違いが際立った選挙でもありました。しかし、話はこれでは終わりませんでした。なんと選挙後、山形の5農協に対して、史上初の独禁法違反(カルテル)の疑いでの立ち入り検査が入ったんです。農協というのは、元々、農家の利益を守るために作られたシステムで、それには内部での価格協定(合法カルテル)も含まれています。しかし、農協は地域ごとに作られているので、農協同士で価格協定を結ぶと表向きは違法カルテルになりますが、農協の制度趣旨から考えれば違法性は形式的なものにすぎないとも言えます。そのようなわけで実務ベースでは「公然たる闇」の中で処理され、与党の有力の支持勢力である限り、当局の「好意的配慮」も当然のように期待できていたわけです。「史上初」の背景には、このような事情があります。えげつなさとわかりやすさ、それが地方政治の基本です。

ページの先頭へ 戻る

マイナンバー(共通番号制度)

「牛は10桁、人は11桁」と言われた住基ネット。どうも、行政側にとって使い勝手がよくないからか、官僚の皆さんは、またまたマイナンバーという新しい国民管理ツールを考えてきました。表向きの理由は、「より公平な社会保障制度・税制の基盤になるとともに、行政の効率化に資する」との安倍首相の国会答弁にもあるように、給付資格の判定や保険料の算定など、密接な関係にある社会保障と所得(=課税)についての情報を一元的に管理し、公正で効率的な行政を目指すところにあるのだそうです。そんなわけで、社会保障・税番号という別名もつけられていますが、現時点ですでに記録対象となる個人情報は93項目にも及んでいます。

通称のマイナンバーは、「マイ」という言葉で所有意識をくすぐり、別名でも「社会保障」を前に持ってきて、いかにも社会保障給付に不可欠そうな雰囲気だけは作っていますが、衣を何枚重ねても、「税」という鎧は丸見えで、目的は漏れなき課税、ただ一つと見ていいでしょう。実際、所得税の脱税が0になるなら消費税は不要とも言われますから、漏れなき課税で増税がなくなる、あるいは消費税がなくなるなら悪くはないかもしれません。でも、今までの実績(クロヨン、トーゴーサンピンの放置など)を見る限り、財務省はできたとしてもやらないと思います。実際には、取立は格段に厳しくなるものの、同時にお目こぼしも横行することでしょう。

しかし、それよりも問題なのは不正使用のリスクです。すでに情報技術の格段の進歩によって、個人情報の集積が進んでいますが、ここに一意の統合ツールとしてマイナンバーが加わると、個人情報の管理が格段にやりやすくなり、個人のプライバシーどころか経済情報も安全情報も丸裸になってしまいます。たとえばある人の家電量販店のポイントカードの暗証番号と銀行の口座番号がわかったとしたら、どうでしょう。もちろん、同じ暗証番号かどうかはわかりません。しかし、この種のデータを大量に集めて効率的に活用できれば、大体、結果は予想がつきます。こんなリスキーなこと、やってはいけません。しかし、この種の国民一人一人に降りかかる災難については、この政権、およそ意に介さないようです。

ページの先頭へ 戻る

ビッグデータ  big data

マイナンバーのリスクを高めているのが、民間の間で進む膨大な個人関連情報の集積と管理で、最近ではビッグデータという言い方が定着してきました。ビッグデータは、一見、個人性を排除した統計処理の基礎データのようにも見えますが、実はあらゆるデータに可能な限り個人識別情報のタグがつけられており、これらの情報は様々な処理を経て、違法合法を問わず、様々な金儲けに活用されています。マイナンバーは、この個人識別タグを完全に一意とすることができ、これにより情報処理の精度、効率は飛躍的に向上します。たしかに、私的に蓄積された個人情報の悪用を防ぐには限界があります。しかし、せっかく「個人特定の不確かさ」という、ある種物理的と言ってもよい限界がその被害の拡大をなんとか抑えてくれている時に、それを取っ払ってしまうというのは、襲われなければ問題ないと言い張って、プールにピラニアを放つのと大差ありません。

ページの先頭へ 戻る

ネット選挙

今回の参院選から、ネットでの選挙運動が部分的に解禁となりました。ネットの活用は、技術と知恵さえあれば、資金の少ない候補者、組織でも資金力の差を十分に埋められるという点で、民主政治の活性化にはプラスの面が多いと言えましょう。日本では長い間、世界でも突出して高い供託金と、ある程度自由なためにそれだけ競争で金が必要になる運動資金の二つが、大きな金銭的な壁として資金力のない候補のチャレンジを阻んできました。ネット選挙の部分解禁は、この運動資金の壁を低くする効果があり、今後、その効果は少しずつ表れていくことでしょう。

今後、本当にネットの活用を進めていくのであれば、必要なのは解禁の拡大よりはむしろセキュリティー面の強化と運動空間の限定の方でしょう。選挙運動は短期間のため、不正によるダメージでも容易には回復できません。このような特殊な状況を踏まえるならば、不正自体を困難にするために、高度にセキュリティーが確保できる空間を用意し、その中で候補者の自由な活動と有権者の利用を保障するというスタイルが合理的です。ネットの上手な利用が拡大すれば、選挙資金の上限や供託金を下げ、選挙に無駄な金をかけない方向に動かしていくことができるでしょう。

ページの先頭へ 戻る

ネット政治

ネットを使っての情報発信は安倍首相の得意とするところで、ツイッター、フェイスブックなどのネットメディアを縦横に活用して、ネトウヨなどのコアな支持層を固めています。ただ、イイネ!イイネ!といつも歓呼の声に囲まれる内輪の心地よさに慣れてしまうと、その立場の重さを忘れてしまうこともあるようで、時に泡沫政治家並の口の軽さを垣間見せたりもしてくれます。最近話題となったのは、日朝交渉に深く関わったことでもよく知られる元外交審議官の田中均氏に対する個人攻撃でした。

事の起こりは、毎日新聞紙上のインタビューで、日本の右傾化について外国の懸念が強まっていることなど、安倍政権の外交姿勢を田中氏が批判したことでした。首相に限らず、有力政治家であれば公人として各方面から容赦ない批判に晒されるのは当たり前の話なんですが、安倍首相、どうもこの批判は腹に据えかねたらしく、反撃をフェイスブックに書き込みました。正確に表現しています。反論ではなく反撃です。つまり、田中氏の批判に政策論のレベルで答えることはせず、安倍晋三基準で田中氏がいかに外交官失格であったかという人格攻撃で返したということです。

ネットというのは、物理的にというか電気的に公と私の境界がなきに等しく、利用者自身が意識していく他はないため、見識のなさを天下に晒す政治家も激増中です。しかし、そうした政治家が表舞台から去ることも少なく、どちらかというと国民の方が慣れっこになってきてしまっているようで、「なんだ、言っても大丈夫じゃん」とばかりに、政治家の言説のレベル低下にかえって拍車がかかっているのが実情のようです。

ページの先頭へ 戻る
All Right Reserved, Copyright(C) ENCYCLOPEDIA OF CONTEMPORARY WORDS