月刊基礎知識
月刊基礎知識トップページへ バックナンバーへ
アベノミクスの転がり方
執筆者 土屋彰久

アベノミクスの転がり方

アベノミクス

誰が言い出したのかというと、陣営の方から言い出したか、陣営がメディアに言えと働きかけたようですね。

少なくとも株価には効果があったようで、日経平均は民主党政権時代の最安値、8000円割れから、16000円弱へと、ほぼ2倍に駆け上がりました。ただ、その最高値をつけたのも一瞬のことで、その日のうちに1000円を超す記録的な下落で雰囲気は一変、一週間で2000円以上の下落となるなど、株式市場はそれまでの爆騰相場から乱高下に転じています。

株価回復の恩恵で、これまで大幅な含み損を抱えながらも損切りはせずに来れた富裕層が、逆に大幅な含み益に転じたことから、この層が支える高額品の需要だけは急拡大しているようです。

しかし、庶民レベルでは所得が増えないのに円安で物価だけは上がり、これを転嫁できない町のパン屋などは苦境に陥り、廃業が急増しています。

ページの先頭へ 戻る

三本の矢

政権側が、アベノミクスの根幹と位置づけるのが、三本の矢と称する「大胆な」金融政策、「機動的な」財政政策、そして「民間投資を喚起する」成長戦略の三つです。

実際には、一本目の大胆すぎる金融政策が株価の一時的な爆騰を招き、これによりイメージ先行の形ができあがっていますが、残り二つは強弱の差こそあれ、自民、民主を問わず歴代の保守政権が繰り返してきた政策の焼き直しで、目新しさはありません。

ページの先頭へ 戻る

異次元の金融緩和

株価爆騰の直接の原因となったのが、日銀の新しい金融政策でした。

黒田新総裁自ら、「異次元の金融緩和」と称したその政策は、2年後の物価上昇率2%というインフレ・ターゲットを明示した上で、これまでとは比べものにならない規模で通貨供給、リスク資産買い入れ、国債買い入れをやっていくというもので、異次元レベルであることは確かでした。

ただ、「戦力の逐次投入はしない(=スタートからアクセル全開)」という発言は、逆に言えば、それが実力以上のサプライズ効果を狙ったものであったことを自認するに等しいとも言えます。

なぜなら、個々の政策が正しく、狙った通りの効果を持つ政策であれば、それらが投入されていけば目標は達成でき、それを信じなかった者は乗り遅れ、信じた者はリスクを取ったことが報われて、めでたしめでたしで何の問題もないからです。

逆にサプライズで数値が上がりすぎると、実力相当に落ち着く過程で多くの人が損をし、しかもその過程で景気後退のモメンタムが発生します。

実際、株価が16000円をつけてからの急落は、その雰囲気を匂わせるに十分なものでした。

ページの先頭へ 戻る

インフレ・ターゲット

中央銀行が、その金融政策の決定の基準として、インフレ率の目標値を定める政策です。

元々は、高すぎるインフレ率を抑えるために考えられた政策でしたが、日本のように長期不況でデフレ様の状況が続いてきた状況で、デフレをインフレにひっくり返す方法としても有効ではないかと、一部で主張され続けてきた政策でした。

それが本当に妥当で有効なのかは、学説の対立するところで、今、まさに実験の真っ最中ということになります。

ページの先頭へ 戻る

リフレ派

異次元の金融緩和が現実の物となり、一躍、主役に躍り出たのが、リフレ派と呼ばれるインフレ・ターゲット政策推進派です。

「リフレ」は、不況からの景気回復を意味するリフレーションから取ったものですが、本来は財政政策によるところを金融政策でやってしまおうというところに、リフレ派の特徴と同時に危うさもあります。

つまり、本来なら購買力の裏付けのある有効需要を増やして物価を押し上げようというのを、物価が上がるぞというインフレ期待を発生させ、持ち金を吐き出させて有効需要を増やそうという政策で、一度、有効需要が増えれば、潜在成長力に合わせて景気は循環的に回復していくという楽観論が根底にあります。

ただ、持ち金を吐き出した後に、財布に金が戻らなければそれで終わりますし、期待より先に物価が上昇すると、持ち金が不足するのでいきなり腰折れということもあり得ます。

そのようなわけで、その信用度ないし信頼性には大きな疑問符が付いており、まともな学派としては扱えないというようなニュアンスも込めて、「リフレ派」という流行語的呼び方がされています。

ページの先頭へ 戻る

リフレーション  reflation

計画的に統制された通貨の膨張を指します。統制インフレ。略して「リフレ」。

ページの先頭へ 戻る

有効需要  effective demand

あらゆる欲望のうち金銭的支出をともなうものを「有効需要」といいます。単なる「欲望」とは別。

ページの先頭へ 戻る

先取りインフレ

コスト・プッシュとか、ディマンド・プルとか、インフレに一応は合理的な説明がつけられたのは昔の話です。

今は、実際の取引上の需要をはるかに上回る通貨供給で世界のマネーサプライは膨らみかえっており、この余剰分が投機マネーとしてヘッジファンドの手に渡り、常に実需を先取りした動きで、為替、株式、商品等々、あらゆる市場でインフレを起こしています。

だから、インフレは常に実需を先取りした仮需によって急速かつ過剰に進行し、バブルを発生させて投機マネーの間にババ抜きゲームを発生させ、また購買力を上回る価格上昇で実需を冷え込ませる結果、バブルの崩壊を逆に早め、かつ深刻化させるということを繰り返しています。

ページの先頭へ 戻る

円安インフレ

昔、石油ショックの時に、景気が悪いのに物価が上がる、なぜだ、説明しろ、ということで、「輸入インフレ」という言葉が生まれました。

要するに、国内の通貨量や景気とは関係なしに石油の価格が上がり、それが物価高を招いていたということです。

今回、庶民の足下で始まっているインフレは、急激な円安で輸入品の価格が一律20%以上上がってしまったことが直接の原因で、為替インフレと言った方がいいでしょう。

日本にとっては、円安インフレですね。

所得低下が続いてきた日本の庶民の生活を支えてきたのは、安価な輸入品でしたから、輸出系大企業の株とか持ってない庶民には、この物価高のデメリットだけが直撃することになります。

しかし、ない袖は振れないので、結局、小売りや製造といった庶民相手の売り手のレベルで、輸入価格の上昇分を吸収する他ありません。

そういうわけで、零細事業者は実は未曾有の苦境に直面しています。

アベノミクス応援団の大手メディアは、ほぼ完無視に近いですが。

このように、実需の購買力を無視して為替インフレが進むのは、先取りインフレの一つの典型です。

ページの先頭へ 戻る

輸入インフレ  imported inflation

外国のインフレによって引き起こされる、国内のインフレをいい、固定為替相場制度のもとで起こりやすく、これには二つの形態が考えられます。

第1に、海外からの輸入原材料価格の上昇により国内の生産費用が高くなったために、国内価格が上昇する場合が考えられます。

第2に、外国のインフレによって引き起こされる国産品の輸出の増加のために国際収支の黒字が生じ、それに基づいて、通貨が増発されるために、国内価格が上昇する場合です・

これらに対して、為替相場の上昇(円高化)によって、輸入品の国内価格を低下させるとともに、輸出を減少させることで、輸入インフレの遮断を期待することができます。

ページの先頭へ 戻る

バブル・スパイラル

冷戦の終結以降、社会主義的な所得再分配政策は支持を失い、所得不分配の原始資本主義への回帰を志向する規制緩和と減税の新自由主義政策が主流となりました。

この路線では、格差放置・拡大による大衆の困窮化から起こる不況に対応するため、金融政策が活用されます。

しかし、分配の問題を放置したまま金融を緩和しても、効果は一時的なもので終わり、投じられた資金は需要を失って投機マネーとして滞留する一方で、さらなる景気対策が必要となり、バブルの破裂と金融によるリカバリーが繰り返され、バブルの規模と投機マネーの余剰は交互に膨らんでいきます。

直近の例を取れば、ITバブルの崩壊を受けての日本の0金利政策がリーマン・ショックを、そしてリーマン・ショック対策の世界規模の金融緩和が欧州債務危機を招き、といった具合です。

ページの先頭へ 戻る

長期金利

アベノミクスの躓きがはっきりとした形で出たのは株価の暴落でしたが、その兆しは長期金利に先に表れていました。

金融を緩和すると、お金の先安感が生じ、お金の長期保有コストが上がるために、それを埋め合わせるように長期金利が上昇します。

しかし、金利が上がると景気冷却の効果が発生するので、アベノミクス二の矢、三の矢(三本の矢)の効果が減殺されてしまいます。

そこを数字の上でコントロールし、この矛盾を解消しようとしたのが異次元緩和(異次元の金融緩和)のもう一つのポイントでした。

長期金利は、長期国債(10年物)の利回りが指標になるので、これを直接コントロールすればいいということで、国債の買い入れ枠を大幅に拡大し、金利上昇を招く国債売りを全部吸収してしまえという話です。

ところが、日銀の新政策発表に対し、市場は最初は「日銀が買うなら先に買おう」と素直に反応して金利は下がりましたが、その後、「よく考えてみろよ、逆じゃないか」と、金利は一気に上昇に転じました。

これは正しい反応です。

そして、日銀はこの大量の国債売りに予定通り買い向かいました。

しかし、それで済むものではないということがわかってきました。

銀行の貸出金利などは、この長期金利に機械的に上乗せする形で連動していますが、それは長期金利が市場メカニズムで決定されるという暗黙かつ不動の前提の上に成立していました。

この不動の前提を日銀が異次元な崩し方をしてしまったので、需給で決まる「長期の金利」と日銀が力業でコントロールする「長期金利」の連動性が失われてしまったわけです。

そうなると、長期金利だけ抑えても、市中の貸出金利は採算の取れるラインに上昇していくので、金融緩和の副作用として金利上昇による景気冷却効果が同時発生することになります。

ページの先頭へ 戻る

財政ファイナンス

日銀の国債大量買い入れについては、実質的な財政ファイナンスではないかとの懸念がかなり現実味を帯びてきています。

財政ファイナンスというのは、本来は厳に禁じられているはずの、「国が札を刷って財源に充てる」という身も蓋もない輪転機インフレ政策を、それを防ぐための制度であるはずの中央銀行が、国債を直接引き受けることで実質的に同じことをやってしまうことです。

この国債直接引き受けは法律で禁止されているのですが、今のように政府と日銀が一体のようになってしまうと、日銀は市中金利の調整のために市場で国債を買い入れるふりをして、市場で買い手のつかない国債を買い支えることもありうるわけです。

そして異次元緩和(異次元の金融緩和)では、その制度的歯止めとして設定されていた銀行券ルールを一時停止してロックを外しているので、その気になればいつでも実質的財政ファイナンスが可能な状態にあります。

ページの先頭へ 戻る

銀行券ルール

銀行券ルールというのは、銀行券、要するに市中に出回るお札ですが、この発行=流通残高を超えては、長期国債を買い入れないというルールです。

発行額と流通額が等しくなるのは、市中に出回っている(実需、つまり実体経済の裏付けがある)量に限るということで、発行額の算定に日銀の手元にあるお札を含まないためです。

そもそもが日銀の自主規制ルールで、法的拘束力はありませんが、財政ファイナンスの懸念を否定する上では重要な役割を果たしてきました。

ただ、実際の金融のメカニズムを考えると、これは多分に名目的な話でして、ある種のお約束に過ぎなかったとも言えます。

なぜなら、金融、財政関係者にとって、「銀行券ルールなど砂上の楼閣だ」などという話は、百害あって一利なしで、気付かないふりをする方が全員の利益につながっていたからです。

そのようなわけで、アベノミクスでもこれを全否定するのではなく、敬意を表する形で一時停止とすることにしたと見ていいでしょう。

ページの先頭へ 戻る
All Right Reserved, Copyright(C) ENCYCLOPEDIA OF CONTEMPORARY WORDS