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読んだつもりになれるマンスリーブックガイド
執筆者 高木尋士

読んだつもりになれるマンスリーブックガイド

『間抜けの構造』

ビートたけし著、新潮社の新潮選書の1冊。税込定価714円。

多くの分野でその多才ぶりをいかんなく発揮する著者が、「間」という一つの観点からあらゆることを分析していく。政治、映画、生活、ゴルフ、人生などを客観的且つ俯瞰的に語る著者独特の視点は、脱線を繰り返しながらも、「間」という「哲学」に収斂している。ビートたけしにしか書けない一冊と言える。

「だからこそ、人生というのは『間』だと思った方がいいんじゃないか。我々の人生というのは、生きて死ぬまでの『間』でしかない。生まれたときの『点』と死ぬときの『点』があって、人生はその間のことに過ぎない」。

「床の間」「茶の間」「間に合う」など、生活のそこここにある「間」。目に見えないやっかいな「間」というものを、著者は身近な例をあげて縦横に語り尽くす。デビュー当時の浅草時代から、たけし軍団の話に続き、多くの芸人とのエピソードや体験から、「間」という「魔」を考察していく。著者自身の売れない頃の苦労話を故人の伝記のように客観的に読ませる手法は、著者ならではだ。

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『僕の死に方』

2012年10月2日。流通ジャーナリストとして絶大の人気を誇った著者金子哲雄が、41歳の若さで急逝した。死因は「肺カルチノイド」。がんによく似てはいるが症例は少なく、数千万人に一人しか発病しないという。そのため研究も進んでいない。著者は、その病気と向き合い、本書により一つの「死に方」を提示していると言える。

サブタイトルは、「エンディングダイアリー500日」。

病気が発覚し、医師に「今すぐ亡くなったとしても驚きません」と告げられてから、死と隣り合わせながら生き抜いた500日。闘病の中で感じた現代医療の現実や、自らの葬儀の準備を全て取り仕切るまでの死との向き合い方などを綴った遺著。

「誰かに喜んでもらいたい」という信念のもとに、徹底した現場リサーチをもとにした分析と情報を発信し、雑誌・ラジオ・テレビなど活躍の場を広げ、特に主婦層から絶大な人気を誇った著者の、スーパーのチラシや女性週刊誌を愛読した少年時代から流通ジャーナリストに至るまでの経緯も綴られており、ビジネス書としての側面も濃い。

金子哲雄著、小学館刊、税込定価1,365円。

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『64(ろくよん)』

「組織の中ではそんな人間が勝っていく。秘密を余さず抱え込んだものが生き残る。自分の秘密を、他人の秘密を、一つ口にするたびに人は負けていく。二渡といると、そんな思いに捕らわれる。だが――」。

D県警で刑事から広報官に異動させられた三上は、愛娘が家出をし、その捜索を警察の特別手配にゆだねた。上司に、組織に借りを作った。三上の家に3度かかってきた無言電話を娘からと信じて、子機を枕元に持ち込んで寝る妻。一方、広報の仕事はある交通事故を巡って匿名発表をしたことで、記者クラブともめている。そのさなか、昭和64年に起き未解決になっている「祥子ちゃん誘拐殺人事件」に関して、なんと急きょ、警察庁長官の視察が決まる。被害者宅の訪問を承諾させなければならない三上。しかし、長官の来県をめぐって、県警内では刑事部と刑務部の間に抜き差しならない対立が生じた。元刑事で2年前から刑務部に身を置く三上……。苦しみながら関係者の間を奔走すると、そこには影の人事権者と言われる二渡調査官の影がちらつく。長官視察の時間が迫るそのとき、重大事件が発生した――

横山秀夫著、文藝春秋刊、税抜本体1,900円。

警察小説の第一人者7年ぶりの作品。組織と部分の対立、その回生を描く総合小説でもある。647ページに7日間のことを書いているに過ぎないが、長尺にいささかも冗長な部分はない。次から次へと様々なことが起こり、もつれあっていく。そこにロクヨンこと昭和64年に起きた未解決の誘拐事件が色濃く影を落として……。これが一人の人間の小さな脳細胞から紡ぎだされた物語とは!

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『死の淵を見た男』

サブタイトルは「吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日」。

門田隆将著、PHP研究所刊。税抜本体1,700円。

これぞノンフィクションと言うに相応しい臨場感あふれる筆致だ。著者門田隆将は、光市母子殺人事件を取材したベストセラー「なぜ君は絶望と闘えたのか」など、多くの受賞歴を持つジャーナリスト。震災後から取材は始められ、東電、協力企業、自衛隊、政治家、科学者、地元の人びとなど対象は多岐にわたり、90名以上の生の証言で本書は成り立っている。そんな丹念な聞き取り取材によって得られた現場の真実が生き生きとページを埋める。あの日、福島第一原発事故の現場で何が起こったのか、事実のみが描かれ、その筆致は残酷ともいえる。

これまで「作業員」とだけ書かれてきた人達の実名や年齢、そしてその家族や彼らが実際に見た光景、その時に感じたことなどが克明に描かれている。吉田所長は、3.11後、癌に倒れ、本書の取材も激しい闘病中に行われ、最後の取材の前に脳の血管から出血し、入院を余儀なくされる。吉田所長が語る言葉はこれが最後かもしれない、と著者は語る。「もう駄目かと何度も思いました。私たちの置かれた状況は、飛行機のコックピットで、計器もすべて見えなくなり、油圧も何もかも失った中で機体を着陸させようとしているようなものでした。」そんな危険な現場で命をかけ続けた人びとの極限の苦悩が目の前に浮かび上がる。

日本は「北海道」「(人の住めない)東北関東」「西日本」に三分割されるところだったという。現場にいた人間にはそれが現実的に見えていた。後の報道で「言った、言わない」「やった、やらなかった」と一つの事実がいくつにも枝分かれし、論点はぼかされたが、本書が突きつける現場の姿は、それらの報道に一線を画すものだ。

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『旅猫リポート』

有川浩著、文藝春秋刊。税抜本体1,400円。

2004年のデビュー以来、作品が次々とアニメ・ドラマ・映画化され、幅広い層から支持を受けている人気作家有川浩の最新作。身近な対象への感情をいつの間にか一般化していくという著者独特の手法は、本作でも健在。家族との関係、恋愛や死という形而上的な感覚を具体的な筆致で表現している。

野良出身の聡明な猫である主人公が、猫好きの青年サトルと出会い、「ナナ」という雄猫には些か不適当な名前を賜るところから物語は始まる。サトルはある理由からナナを手放さなくてはならなくなり、引き取り先を求めて一人と一匹の旅に出る。サトルの過去や境遇が明らかになる旅の中で、要所要所でナナの徹底的な猫目線のリポートが入る。

自然界の生き物からすれば滑稽極まりない人間特有の悩み。「猫は我が身に降りかかった出来事は何もかも粛々と受け入れるんだ」。ナナの超然とした姿勢は、私たちが悩み多き現代社会を生き抜くためのヒントを与えてくれる。動物が擬人化されている点ではファンタジーの要素が強いが、人間関係等の物語の大筋には十分なリアリティーがあり、猫好きでなくとも楽しめる一冊になっている。

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『拉致と決断』

「拉致被害者本人が、拉致事件はなかったという記事を見るとき、なんとも複雑な心情だった。何よりも困惑した。当時、私は子どもの将来に波乱をもたらすようなことはできるだけ起こってほしくないと願っていた。もちろんその根底には、いくら日本が強く出ても、北朝鮮は決して拉致を認め、被害者を日本に帰すような国ではないという強く根深い諦念があった。

蓮池透著、新潮社刊。税抜本体1,300円。

1978年に突然拉致され、2002年に帰国を果たすまで、著者はどのような気持ちで過ごし、現実に立ち向かったか、克明に描かれる。それとともに、ピョンヤン(周辺)で過ごした24年間の北朝鮮社会の現実―人々は何を考え、政治がどのように影響を与えるかが、生々しく描かれる。

類書にないリアルな描写が、なんといっても迫力がある。たとえば、著者がわが子に日本語を教えなかった理由、9.11のアメリカ同時テロに対して北朝鮮当局や人々の抱いた心情、「苦難の行軍」と言われた1990年代の国の経済崩壊=具体的には食料の配給の停止、に人々はどう生きたか、そしてなんといっても、当初、一時的だったはずの日本の帰国から、そのまま日本で子供たちを待つことにした決意など、どの項目も、筆者の確かな描写力によって、鮮やかに再現される。

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『小沢でなければ日本は滅ぶ』

平野貞夫著、イースト・プレス刊。税抜本体1,500円。

一貫して小沢と行動をともにし、「懐刀」と称された著者と小沢一郎の35年間の出来事が正確に記述されている。伏魔殿とも言われる政界の「側面」を客観的に記述することで、一つの「事実」に正確な意味づけがされていく。「変わらずに生き残るためには、みずから変わらなければならない」という言葉に、「保守改革派」「改革保守」としての小沢一郎の政治哲学を知ることができる。

小沢一郎は、一貫して政財官、そして巨大メディアの既得権益複合体の解体を主張していたことが分かる。著者にしか書けない政界の裏話がちりばめられ、多くの政治的事件の驚くべき秘話もふんだんに盛り込まれている。「幻におわった渡辺美智雄政権」、「オウム事件にからむ憲法問題」「小沢・細川・野田会談の真実」など、、当時の政治感覚が目の前に蘇るようだ。

平野貞夫の多くの著作どれもが歴史的事実や確実な資料に裏打ちされたものとして定評がある。小沢一郎の「知恵袋」として政治改革を推し進めてきた著者にしか書けない言葉である。そして、「小沢一郎という政治家のこれまでの活動を検証し、同時に、明らかにされていない事実、誤解されている人間的真実を国民の皆さんに知ってもらうことが、これから始まる「国民の生活が第一」の政治と政策を理解してもらう原点となる」と語る。

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『米韓FTAの真実』

高安雄一著、学文社刊。税抜本体1,500円。

著者は、韓国経済を専門とする大東文化大学経済学部社会経済学科准教授だ。経済企画庁調査局、外務省在大韓民国日本国大使館、内閣府国民生活局、筑波大学システム情報工学研究科准教授など歴任し、朝鮮半島における研究論文が多数発表され、その分析には定評がある。

不平等性が強く喧伝される「米韓FTA」だが、当事国韓国の実態はどうなのか。メディアが言うほどの不利益を受けているのだろうか。農業を始め、金融、保険、医薬品、公共政策などの具体的な例を挙げ、精緻に分析されている。

日本の国際的最重要課題といえる「TPP」だが、そのメリット・デメリットを具体的に理解するのは難しい。メディアの発するイメージが先行的に膨れ上がり、「TPP」が選挙や政争のキーワードにもなっている現代。本書は、これまでほとんど日本に紹介されなかった韓国政府の反証を、項目ごとに一つずつ丁寧に解説している。

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『スタンフォードの自分を変える教室』

やる気がでない、目先の誘惑に負けてしまう。そんな経験に対して、「自分は意志が弱いから」と言い訳をする私達。自分の意志の力、生活や考え方を変えたいと思っている人に語られる講義を完全書籍化。実際の「意志力の科学」という講義で、学生たちは次の講義まで一週間の実生活において講義内容を試すという「実験」を行い、本書にも示される「戦略」をフィードバックしていくという。

ケリー・マクゴニガル著、大和書房刊、税込定価1,680円。

著者ケニー・マクゴニガルは、スタンフォード大学で教鞭をとり、「フォーブス」の「人びとを最もインスパイアする女性20人」にも選ばれた人気の心理学者だ。「あなた自身の結論を導いてください」と語るように、本書(講義)は、読者自身がすぐに実行できる手法や思考が科学的に解説されている。

脳科学の最新研究成果に基づき、自己の「意志力」をコントロールするというのが本書の狙いだ。日常生活ですぐに実践できる科学的な方法が全編に盛り込まれている。例えば、「10分ルール」。ケーキを食べたい、煙草を吸いたい、あれが欲しい、と欲求が起こった時にその行動まで10分待つ、という実験だ。10分待ってもそうしたければする。欲求が治まれば、将来それ以上の報酬があると考える。この実験で禁煙に成功したり、ダイエットに成功したという。その点でも啓蒙書とは一線を画していると言える。

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『サンジの満腹ごはん』

SANJI著、集英社刊。税込定価1,470円。

サブタイトルを含むフルタイトルは『ONE PIECE PIRATE RECIPES 海の一流料理人 サンジの満腹ごはん』。

今、日本で一番売れている漫画といえば、週刊少年ジャンプで連載中の『ONE PIECE』だ。前代未聞とも言える人気を誇り、現在(2012年12月)の時点で単行本68巻の累計発行部数は2億8000万部を突破し、国内最高である。また、初版発行部数が何冊も400万部に至るなど、国内出版史上の最高記録を樹立。その勢いは止まる所を知らない。

連載15年目の今年、物語の登場人物によるレシピ本が出版された。主人公の海賊団でコックを務めるサンジが、物語に登場した料理、全41種を指南する。物語に出てくる架空の食材は現実にあるもので代用し、作中の料理の雰囲気を再現している。子供でも作れるように難易度は低めに設定されているが、漫画に登場している料理だけあって見た目が豪華なものが多い。

全メニューの監修は映画などでもフードスタイリングを手掛ける飯島奈美が行っているが、著者はあくまで「サンジ」としており、また表紙は作者の尾田栄一郎の書き下ろしであったりと、世界観を損なわないためのこだわりが随所に見られる。

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