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背理★パラドックス★逆説
執筆 白鳥 敬

背理★パラドックス★逆説

オッカムの剃刀  Occam's razor

「必要もないのに実在を増やしてはだめ(Don't multiply entities beyond necessity.)」という思考原理。14世紀のスコラ哲学者ウイリアム・オッカムがとなえたもので、これを元に、物事を説明するときや定義するときに、複雑な説明よりもシンプルな説明のほうが正しい場合が多い、といった意味合いで使用される。むだな思考を省く(剃刀でそぎ落とす)という意味から「思考節約の法則」とも呼ばれる。現在の社会をみてみると、意味もなく複雑な規則を持つものは、なんらかの落とし穴(例えば利権など)がある場合が多い。

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悪魔の証明

実在することを証明することはやさしいが、実在しないことを証明することは難しいことをいう。テレビの通俗的な番組が元で、米航空宇宙局(NASA)のアポロは月に行っていないという説が流行ったことがある。アポロが月に行ったことを証明するのは、月面で撮った写真や月の石があるので簡単に証明できる。しかし、月に行っていないことを証明するには、写真や物的な証拠のすべてを否定しなければならない。つまり、アポロが月に行っていないことを証明するのは悪魔の証明で、不可能に近い。それにもかかわらず、アポロが月に行っていない説が一部の子供たちの間で説得力を持って語られたのは、やはり十分な科学教育が行われていないせいかもしれない。

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ダランベールの背理   d'Alemdert's paradox

水の中に入れた手を動かすと水の抵抗を感じる。空中に向かって石を投げると、空気の抵抗を受けて徐々に速度が落ち地面に落下する。しかし、18世紀のフランスの物理学者ダランベールが、ベルヌーイの定理を元にして、流れの中で等速運動をしている物体に働く力を計算したところ、抵抗が働かないという結果になった。実際の体感と計算結果が逆なので、ダランベールの背理と呼ばれた。実は、当時は、流体の粘性をうまく計算することができず、ベルヌーイの定理も粘性のない完全流体における理論だったため、うまくいくはずがなかった。

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バタフライ効果

チョウチョのような小さな生き物の羽根の羽ばたきによる小さな空気の乱れをきっかけとして、徐々に大きな空気の流れができ、やがては低気圧を発達させて大嵐を呼び起こすこともあるだろう、というカオス理論の思考実験の一つ。

ほかにも、空に向かって投げた小石が地球の重力にわずかな影響を与え、そのわずかな重力変化が、月、惑星、太陽、他の恒星へと伝わっていって、最後は宇宙そのものが大擾乱(だいじょうらん)を起こす、というものもある。もちろん現実には、こんなことはあり得ない。

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オルバースのパラドックス

「宇宙は無限で、平均的な明るさの星が一定の密度で分布していると仮定すると、宇宙は、星の光で満たされて夜空は明るく輝くはず。だから、宇宙は無限ではなく有限である」という考え方。ドイツの天文学者、ハインリッヒ・W・オルバースが1823年に提唱した。実はこれはパラドックスでもなんでもなく、「宇宙は無限ではなく有限だから」というのが答え。現在、宇宙は、米航空宇宙局(NASA)のWMAP衛星の宇宙マイクロ波放射の観測によって、137億年前に誕生し、無限に膨張する平坦な存在であるといわれている。それなのになぜ「有限」なのかというと、地球から150億光年くらいより先は、光速よりも速い速度で系外銀河が遠ざかっており、地球には光が届かないからである。そこが事象の地平線で、宇宙の彼方のこの世の果てなのだ。だから夜空は暗い。

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エピメニデスのパラドックス   Epimenides paradox

「クレタ人は嘘つきであると、クレタ人が言った」というおなじみの背理。「クレタ人のパラドックス」ともいう。クレタ人が「クレタ人は嘘つき」と言ったのだから、クレタ人は嘘つきなのか、クレタ人は嘘つきだから「クレタ人は嘘つき」というのは嘘なのか? 考え出すと分からなくなってしまう。実は、「クレタ人は嘘つきだ」と言ったのはエピメニデスというクレタ人であったわけで、特定の人間が、一般的にクレタ人全体を指して言ったものだとすれば、パラドックスでもなんでもなくなる。日本の政治家の話し方には、主語や目的語を省いたり、助詞を変えてみたりする語法が多いような気がする。あまり省きすぎると「クレタ人は……」といわれるかも。

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ゼノンのパラドックス

俊足のアキレウスは亀を追い越すことができない、という「アキレウスと亀」のパラドックスや、「飛んでいる矢は無限に時間を分割すると静止している」というものが有名。前者は、アキレウスはA地点から、亀はその先のB地点から同時にスタートすると、アキレウスがA1地点についたとき亀はB2地点に、同じくA2地点についたときB2地点にいるのでアキレウスは絶対に亀に追い付けないというパラドックス。しかし、アキレウスはいつかB地点を超えるわけだから、これはパラドックスというより屁理屈に近い。飛んでいる矢のパラドックスは、時間で細かく分割していけば静止しているように見えるが、無限に分割することは不可能。また運動は連続性を持つので、いくらフェムト秒(1000兆分の1秒)単位に分割しても、それは全体の一部でしかない。つまり矢が静止することはあり得ないのだ。

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シュレディンガーの猫のパラドックス

量子力学の思考実験として有名なパラドックス。エルビン・シュレディンガーが1935年に発表した。ただし、猫に対する虐待のイメージがあるので、猫好きとしてはあまり出したくない例ではある。

外からは見えない箱の中に猫と放射性物質が入っていて、放射性物質が1時間以内に放射線を出す確率は量子力学的にいえば2分の1。放射線を出すと、有毒ガスが入った瓶のふたが開くようになっていて、そうなれば猫は死ぬ。このとき、箱を外から見ている人間にとって、1時間後に猫は死んでいるのか生きているのかの確率は半々、つまり猫の半分は生きていて半分は死んでいるという奇妙な状態となる。

解釈はいろいろで、人間が箱を空けて中を見た瞬間に、生きているか死んでいるかが決まるという「収縮」説や、生きている猫を見た観測者がいる宇宙・死んでいる猫を見た観測者がいる宇宙・その他の状態の観測者がいる宇宙があるとする「多元宇宙説」などがある。

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EPRパラドックス

宇宙で最も速いのは光で、秒速約30万km。アインシュタインの相対性理論によれば、光速を超えるものは存在しない。でも、もしかしたら、「光の速さを超える超光速通信が可能になるかも……」。そんな夢を見させてくれるのが、「量子もつれ」という現象だ。量子もつれとは、同時に生まれた一対の電子や光子などの量子は、一定のスピン(回転の角度)を持っていて、一方の量子のスピンの方向が変わると、もう一方の量子がたとえ宇宙のかなたにあったとしても瞬時に同じ方向にスピンが変わるというもの。意図的にスピンを変えることができれば、超光速通信が可能になる。

しかしながら、もしも光速よりも速い情報伝達が可能だとしたら、相対性理論は間違いだということになるし、逆に量子もつれがおこらないとすると量子力学が間違っていることになる。このパラドックスを、アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンの頭文字をとってEPRパラドックスという。

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反証可能性

科学を科学たらしめているものはなにか? 一つは検証可能性。仮説を実験によって検証し、それが多くの科学者によって何度も検証され、同じ結果が導けるならばそれは科学。しかし、もう一つ、科学を科学たらしめている要件は「反証可能性」である。反証とは、理論的に否定できることをいう。否定されれば、再び仮説を立て、新たな切り口でアプローチする。これが科学的手法。反証できないものには、宗教の教義や疑似科学がある。もちろん、宗教を否定しているわけではなく、宗教は、それだけで完結した教義を持つものであって、人間の存在そのものと結びついたもので、科学とは別の世界なのである。だから、宗教を科学的に説明しようとすると疑似科学になってしまう場合がある。「科学は反証可能性を持っていなければならない」と言ったのはイギリスの科学哲学者カール・ポパー(1902〜1994)。

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