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たばこ1000円の政治経済学
執筆者 土屋彰久

たばこ1000円の政治経済学

たばこ1000円

私、たばこ吸いません。でも、たばこ1000円というのは、えげつない話だと思います。どこがどうえげつないか、本来、たばこには厳しいはずの非喫煙者の私がつまびらかにしてみようというのが今回の企画です。この話は表向き、自民党の有力者の一人である中川秀直元幹事長が、「たばこ一箱1000円に増税」というのをこの春にぶち上げたあたりから始まっています。この時点では、「何をとち狂ったか?」という受け止められ方でした。だって、自民党支持者の方が喫煙率高いんですから。ところが、話は沙汰止みになるどころか党外にも広がる動きを見せて、とうとう超党派の「たばこと健康を考える議員連盟」(以下、たば康議連としておきましょう)まで結成されて、「たばこ一箱1000円」をけっこう本気で打ち出すまでになりました。でも、この動きに関わっている野党側の代表格が、自民党以上に自民党的と言われ、一部では乗り換えは時間(というかタイミング)の問題と見られている前原誠司民主党副代表(前代表)というところが、どうも胡散臭いというか、キナ臭い(ベタですね)というか、裏がありそうな匂いがぷんぷんしています。たば康議連は、発足に際して元々たばこ規制強化を求めていた日本学術会議などからも意見を求めているように、この動きの<表向きの:激しく強調>背景には、日本学術会議の活動があり、実は中川元幹事長がたばこ1000円をぶち上げるに先立って、日本学術会議は「脱タバコ社会の実現に向けて」という「要望」を発表していました。

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日本学術会議

「なんか権威ありそうな研究機関」として、メディアにもよく出てくるので、誰でも名前は知っていると思いますが、きっちり説明しろと言われると、「なんか〜・・・学問とか〜、技術とか〜、話し合ってる〜、みたいな↑」ぐらいが関の山という感じですよね。無理矢理スパッと言い切ると、“国設総合研究情報センター”あたりでしょうか。もちろん、モデルになっているのは世界各国のアカデミーです。国設というのは、日本学術会議法などいう法律をわざわざ作って、内閣府の下に設置している一方で、メンバーは「日本を代表するような研究者」を内閣が任命するという人事構成になっており、ストレート国営という雰囲気でもないためです。また、研究情報センターというのは、研究そのものを行うと言うより、各研究者・研究機関から寄せられた研究成果を基に提言や答申を行ったりするのが基本的な活動内容だからです。ちなみに、今回の「脱タバコ社会の実現に向けて」というのは「要望」という形式になっています。

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アカデミー  an academy

元は、古代ギリシャのアテネでプラトンが開いていた私塾「アカデメイア」が語源となっています。当時、最高の権威を持った学術機関であったという側面と、私塾であったというもう一つの側面から、今では様々な組織が「アカデミー」を自称しています。前者のような意味合いでは、アカデミー・フランセーズや、映画のアカデミー賞、後者の用法では、そこここの塾や予備校の名前にも使われています。

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「脱タバコ社会の実現に向けて」

寿限無が嫌いな人は飛ばして下さい。「脱タバコ社会の実現に向けて」は、日本学術会議の分野別委員会である、健康・生活科学委員会と歯学委員会の下に設置された合同分科会の一つである健康・生活科学委員会・歯学委員会合同脱タバコ社会の実現分科会が原案を作成し、それを健康・生活科学委員会と歯学委員会か審議し、委員会とは別立ての組織である三つある部会の内の第2部会がまとめた「要望」で、今年の3月4日に発表されました。「要望」というのは、日本学術会議の発表の一形式で、「科学的な事柄について、政府及び関係機関等に実現を望む意思表示をするもの」ということになっています。他に、答申、回答、勧告、提言、声明、報告といった形式があります。この発表のポイントは・・・健康面でのたばこの害について、言い古されてきた事実を再確認した点ではなく、たばこによる経済的損失についてのその試算を基に、経済的根拠に基づいて大幅なたばこ増税を提言した点にあります。

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たばこによる経済的損失

「脱タバコ社会の実現に向けて」の中では、たばこによる経済的損失について、医療経済研究機構の報告(2001年度)に基づく約7兆3000億円(内訳、いずれも約;医療費:1兆3000億、労働力の損失:5兆8000億、火災:2000億)と、循環器疾患等生活習慣病対策総合事業(厚労省補助事業)からの報告(2006年度)「喫煙と禁煙の経済的影響」に基づく約6兆2000億(内訳、いずれも約;医療費:1兆3000億、医療費以外の健康上の損失、および火災:4兆9000億)が示されています。まあ、ならして6兆〜7兆というところでしょうか。多いと見るか、少ないと見るかは人それぞれでしょうね。私の感覚としては、かなり控えめという印象です。というのは、たばこ産業に投じられる資本や労働力が、そもそも壮大な無駄遣いであるというという見方も成り立つからです。でも、ここから先の話で説得力を持つのは、この6兆〜7兆という“即効性の期待できる”数字の方なので、これを前提に話を進めていきましょう。

たばこ増税の裏勘定

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たばこ増税の損得計算

経済的根拠に基づく日本学術会議の提案は、至極単純です。たばこ関係の税収は約2兆3000億円、たばこによる経済的損失は6兆〜7兆円。国民経済全体の損失が税収を上回っているので、国が国民経済を犠牲にして税収の確保だけを考えるのはバカな話だということです。そしてシミュレーションにより、税率を大幅に上げた場合でも、喫煙人口、消費本数の減少割合よりも、税収の増加割合の方が大きくなり、一箱あたりの税込み単価1000円程度までなら、税収は増収カーブ(600円で4兆強、1000円で6兆強)を描くと見込んでいます。もちろん、日本学術会議の基本的な姿勢は、たばこの健康被害をなくしましょうということなので、本来は銭勘定の話ではないのですが、政策決定権を持つ政府に対して、財政収支も改善されるしいいこと尽くめじゃないの、と損得計算で説得を試みているわけです。

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たばこ増税の裏勘定

日本学術会議の提案には、特に他意はないと思います。でも、この動きの陰で糸を引いている(ような気がする?と思われる?としか思えない?に違いない?)財務省は、他意ありまくりというか、その魂胆が紫煙の向こうに透けて見えるんですね。それは、たばこがもう一つの「埋蔵金」だからです。財務官僚はバカじゃありません。というか、かなりお利口でないとなれません、性格は別ですが。だから、単に税収がどうのという話でものを考えてはいません。元々、この国でたばこが激優遇されてきたのは、それが政府に有形無形の利益をもたらしてきたからです。ここのところは、次の裏々勘定のところで(→たばこ増税の裏々勘定)説明しますが、早い話、たばこのもたらしてきた総合的利益が総合的損失を下回るようになってきたという認識が、まずあります。となると、国民経済は全体としてたばこ関連の“無駄遣い”をしており、それを止めさせれば国民所得は増え、その増加分が直接間接に国庫を潤すという計算が成り立ちます。ですから極端な話、たばこの消費量が激減して、年間の関連損失額が1000億以下になるくらいまでは、たとえ途中から税収減に転じたとしても、税率はどこまで上げていっても総合的にはプラスとなります。その基になる数字が、6兆〜7兆円という年間の損失見積です。これをたとえば6兆円圧縮することで、税収3兆、国民経済の回復分3兆、などという具合に振り分けが可能になります。

ここで、当然のツッコミが入ります。喫煙人口が減少すれば税収は先細りだろ。それでいいんです、全然かまいません。これは単に振り分けの問題ですから、税収が1兆に減れば、国民側には5兆が残ります。そうしたところで、消費税や所得税といった一般税の増税です。国民からは当然、文句が出ますが、たばこによる損失が回復された分、国民の担税力は上昇しています。だから、払えないわけじゃありません。

そんな政策、通せるか? 第2ツッコミですよね。大丈夫、そのためのたば康議連です。前原一派がタイミングを見計らって(民主党に一番打撃になるように)自民党に引っ越せば、自民党政権はまたしばらく安泰となりますから、衆院選後の新内閣で第一の課題として消費税増税を通してしまえば、次の選挙の頃には国民の大半は忘れてくれます。早い話が、「おまえら、たばこに使ってた金を貯金しろ、税金として巻き上げてやっから」というのが、財務省の本音です。簡単な話、平成の贅沢禁止令ですよ。

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贅沢禁止令

贅沢禁止令は、世界でも様々な政権が出してきました。たとえば、そのエピソードによって世界的に有名になったというか、すでに一般名詞として定着してしまっているものに、18世紀フランスのシルエット大臣の色絵禁止令というのがあります。日本では、天保の改革で出された贅沢禁止令が代表的な例です。また、昭和に入ってからの戦時中にも出されています。当時、女性はもんぺしかはくことを許されませんでした。贅沢禁止令は、強権的な政府が下すものと相場は決まっていますが、目的、手段の関係は様々です。戦前の日本の場合は、物資不足対策と国威発揚でしょうか。だって、チャラチャラした人間がそこここ歩いていたら、命がけで戦うことがバカバカしくなってしまいますからね。でも、多かった理由は物価対策と財政上の理由でした。税金を取るために、という財政上の理由は誰でも最初に思いつくことですが、物価対策となると、なぜに?という疑問が沸いてくるかもしれません。これは、金や物が金持ちのところで集中して無駄遣いされる結果、一般庶民は所得が低いにもかかわらず、物資不足による物価高にあえぐという、市場経済の下では避けられない独占化のメカニズムの働きに対して、所得再分配以外の強権的対策としてさしあたって贅沢禁止令が手頃だったためです。所得再分配、もしくは平準化政策を採らない政府が、一般庶民の不満を抑えるには物価を抑える他ありません。贅沢禁止令は、購買力の高い富裕層の消費にブレーキをかけて、総需要を抑制して物価を下げるという意味合いを持っています。実はアメリカの禁酒法も、半分はこのためでした。というのは、当時、庶民は穀物価格の高騰に不満を募らせており、穀物価格の抑制には穀物を無駄遣いする酒の製造そのものの禁止が有効と考えられたためでした。

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たばこ増税の裏々勘定

さて、禁酒法という実験がとんでもない失敗に終わったように、政策担当者の計算というのは必ずしもあてになるものではありません。それはたばこ増税も同じではなかろうかということで、もっと深いところまで計算して行ってみようと思います。そのためには、たばこが為政者にもたらす真の利益を明らかにする必要があります。たばこは中毒性、依存性、向精神性があり、麻薬の条件を満たしていますが、麻薬としては扱われていません。使用者にとっての害は麻薬レベルです。それなのに禁止されないのは、それを使わせる側に大きな利益があるためです。これは、一言で言えば労働力の調達コストを下げられるということです。スペースの都合上、ものすごくかいつまんで説明しますので、細かいことを知りたい人は、そういう本がいくらもあるので自分で調べてみて下さい。たばこには、覚醒効果があります。要するにシャキッとするんですね。また、快感も得られます。そして最後に寿命短縮効果があります。どれも、為政者にとってはオイシイ特性です。今までは、こうしたメリットがデメリットを上回っていたので、日本では突出してたばこが優遇されてきました。ところがですね、医療技術の発達のせいで、このせっかくの寿命短縮効果が大いに弱められて、なんとただの健康減退効果になってしまったんです。それまでは、定年過ぎたら10年程度で死んでくれていたものが、20年、30年と半病人として生き続けるようになったもので、医療費の急激な増加を招いてしまいました。そうなると、医療費圧縮のためには、病院に行かなくていいようになってもらわなければなりません。それで、政府の態度が変わってきたというわけです。しかし、この計算、合ってるんですかね〜。というのは、日本学術会議の挙げた試算では、上に上げたようなメリットは参入されていないからです。むしろ、寿命短縮効果に関しては、人的損失としてデメリットの方に参入されているくらいです。財務省は自信満々のようですが、本当にその計算で合うんでしょうかね。

たばこ増税の裏々々勘定

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たばこの覚醒効果

長時間労働、あるいは重労働を行うと、疲労によって意識レベルが低下するため生産性が低下します。ところが、ここで一服するとシャキッとするので意識レベルが回復して生産性が向上します。肉体労働、頭脳労働、いずれの従事者にもある程度の喫煙者がいるのは、それぞれ、この効果の味を覚えているためです。これは、たばこの薬効成分であるニコチンが、神経伝達物質の代役として中枢神経を興奮させる働きを持つためです。逆に言えば、本人が自力で出したよりも多くの神経伝達物質が出ることになるので、体の方ではそれを調節するために神経伝達物質を出す量を減らすようになります。そうすると、たばこを吸わないと神経伝達物質が不足して、その結果集中力が落ちたり、イライラしたりといった、いわゆるヤニ切れの症状が起こるようになります。これが、依存性形成の基本メカニズムです。

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たばこの快楽性

ニコチンは、ドーパミン系回路に強く作用するのですが、ドーパミンは快感を感じる回路にも関わっているために、適量のニコチンの摂取は快感を伴います。この作用がもっと強いドラッグだと、いわゆる“多幸感”まで得られるわけですが、ニコチンはそこまでの量を摂取すると中枢神経をやられて死んでしまいますし、量が多めでも気持ち悪くなったりするので、それぞれの人が自分に合った適度なニコチン量のたばこに落ち着くことになります。こうして、手軽に安価に快感を得られるというのは、気分転換に非常に好都合です。そして、ちょっと一服で、仕事で溜まったストレスを煙と共に吐き出せるというたばこの利点は、ストレスの溜まる仕事を安い給料でやらせ続けたい雇用者の側にとって、これまた好都合なわけです。「たばこがなければやってられない仕事」、世の中にいっぱいありますよね。

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たばこの寿命短縮効果

この効果は、雇用者にはあまり関係ありません。それより年金、健保の大元である政府の方です。政府の立場で労働者を見ると、政府は産まれてきた子供に教育だの福祉だのと金をかけて一人前の労働者に育て、働かせて税金を払わせて、初期投資の元をとる、という流れになります。ところが、労働者は機械でも家畜でもなく人間なので、労働者として用済みになったからと言って、すぐに処分できるわけではありません。たとえば、競走馬なんて、当たれば死ぬまで種馬生活で一般人の生涯年収の何十倍も稼ぎますが、逆に走っても無駄と見られれば、即刻、ニューコンビーフ、馬刺行きです。これに比べれば、用済みでも生きる権利を主張できるだけ、人間は上等ですね。ただ、政府にしてみると、労働者として用済みになった後は、延々と年金をもらい続けるなんてのはもってのほかで、さっさとくたばって欲しいというのが本音です。でも、本音丸出しで、「定年が来たら自殺しましょー」などと言って歩くわけにもいかないので、かわりに“緩やかな自殺”をやってもらおうというのが、たばこ優遇政策の趣旨です。

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たばこ増税の裏々々勘定

まだ裏があるの〜?と聞かれそうですが、今回の話はこれで最後です。結論から言うと、私、今回の「たばこ1000円」には反対です。その理由は、たばこの損得や益害の話とは別のところにあります。それは、不利益を直接に被る相手が喫煙者やたばこ業界に限定されようと、こんな無体な負担の押しつけが通ってしまったら、次、また抵抗できない限定された少数者に対して、無体な負担の押しつけがまかり通ることになり、回り回って、結局、自分の首が絞められることになりかねないと危惧しているためです。いや、この動きはすでにとっくの昔に始まっていて、とうとう一大勢力を誇る喫煙者のところにまでやってきたというのが実状です。ここでなんとか食い止めておかないと、「個別的負担増」の波は、第2波、第3波とやってくるのではないかと。

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