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言葉遊びシリーズ「こんな日本語にご用心」
執筆者 三木 邦裕

こんな日本語にご用心

甲と乙

「甲乙を争う」というのは、昔からある言葉である。「甲乙付けがたい」とも言ったりする。最近は、甲とか乙とかいってもよく分からない若者(若者といえない人でも)が沢山いるようだ。「甲と乙」すなわち第一と第二、を意味する。法律の世界では甲や乙はよく使用する便利な言葉である。契約書のひな型など、みんな甲と乙がやり取りしている。AとBでも一向にかまわないのだが。甲乙を争うに対して「最下位」を争う言葉はあまり聞かない。「丙丁を争う」とか、「丙丁を争う」という言葉があってもいいのではないか。

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乙だね

「甲乙付けがたい」の「甲と乙」、その片割れである「乙」。東京でよく使われる「乙な味だね」とか「乙だね」という言葉。乙というのは、甲より下である。つまり、一番前には出ていない。この控えめな感じを「乙だね」というのであろう。大阪では寿司屋に入ると板さんの「へーい、らしゃーい」という大きな声が聞こえる。その意味で大阪は「甲だね」と言うべきなのかもしれない。東京では板さんも店主も黙っている。「何しにきやがった。座りたければ座れ。食べたければ食べたら」という感じである。この出しゃばらない感じが「乙だね」ということになるのだろう。「乙なことを言う」は褒め言葉だが、もっと上等な褒め言葉のはずの「甲なことを言う」とは言わない。ここには金メダルより銀メダルを賞賛する文化と思想が潜んでいそうな気がする。

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弱虫/強虫

弱虫というのは、いくじのないことをいう。しかし、「強虫」という言葉はあまり聞かない。ネット上では、使われがちな私語、造語だが、辞書ではまだ認めていないようだ。「弱み」「強み」は対語のペアだが、「弱り目」という言葉があって、その反対はどうだろう。「弱り目にたたり目」などという慣用句もあるが、「強り目」という表現も聞いたことがない。「強い」よりも「弱い」と言う方が語彙が豊富な気がする。「弱い」の方が「強い」よりも、言葉としては人気があるのだろう。「勝ち組」「負け組」と騒がしい時代に気持ちがホッとする発見だが、もっと考えてみると、これは「ののしりの言葉」の方が「ほめ言葉」より多い事実とどこかで繋がってるような気もする。

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敗戦打者

野球においては、強い方の語彙が多い。例えば、「勝利打点」である。これに対する敗戦打点を意味する言葉はない。勝利投手があり敗戦投手がある。だったら、「敗戦打者」だってあってもいいのではないか。「ここで打っていたらその後の展開は変わっていましたね」という場面がある。このような場面でダブルプレーに倒れたり、ポップフライを打ち上げてしまったり、「あ〜あぁ、何しとんねん」といいたくなるような打者を「敗戦打者」とすればいいのではないか。敗戦の責任は誰かが取らなければならない。もちろん監督やコーチや敗戦投手も責任を取るべきであるが「敗戦打者」を忘れちゃいませんか。

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幸福権/幸福追求権

日本国憲法の13条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」、と「幸福追求権」を保障している。ここで国から保障されているのは「幸福権」ではなく「幸福『追求』権」であることに注意してほしい。そんなのはイヤだ、オレは「幸福権」を保障してもらいたいとお考えの方もいるだろう。追求だけを保障されても、幸福にはほど遠い。できるなら幸福そのものを保障してくれる憲法の方がいいや、と。それならば、そんな国を探してあげてもかまわない。世界は広いのだから、そんな憲法を持った国もあるだろう。そして、その国の憲法は、何が幸福かをも定義しているはずである。ただ、ちょっと不安なのは、憲法には「幸福」の定義が書いてあるかもしれないが、そこに書かれた「幸福」が、果たしてその国の国民すべてにとって「幸福」なのかどうか、である。

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器物損壊

他人の所有物を損壊したりして、その価値を減少・滅失させる罪を物損壊罪という。刑法上、「犬や猫」は器物であるから、他人の飼っている犬や猫等動物を殺せば器物損壊罪となる。ある予備校の講義でここまで説明すると、「どうして犬は器物なんですか!」と僕に食ってかかった受講生がいた。どうやら動物愛護協会の人らしかった。何とか振りきって僕は講義を続けた。「器物損壊罪」は人の財産を保護している法律であるから、人の財産ではない「野良犬」は「器物損壊罪」の対象とはならない。つまり、「野良犬を殺しても刑法上は無罪である!」。件の受講生は卒倒しそうになった。

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大は小を兼ねる

これは何を意味するのだろうか。「大きいものは小さいものの効用も兼ね備えてる」ということらしいが、ほんとうだろうか。大が小を兼ねるものは探してみると意外に少ない。日本語にはどこか意味を考えると分からないが、言われてみればその調子に呑まれてしまって、そうも考えられるなあという表現が多い。「そうでっしゃろ?」「ほんまでんねん」と、調子ばっかりよい、騙しの言葉みたいなものである。自分の価値を高める方法は、他人を低めるか、自分を高めるかである。「他人を低める方法」の方が簡単である。誤魔化されてはならない。

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