月刊基礎知識
月刊基礎知識トップページへ バックナンバーへ
こんな時代もありましたの用語集
 

いつの時代も働くということは・・・

無責任時代

1964年版本誌収録。以下、

ハナ肇、植木等らのクレージー・キャッツを中心にした映画「日本無責任時代」から生まれたことば。歌会始の盗作に始まり、ニセ札の横行、三河島事件やタンカー衝突、山谷騒動、あるいはオリンピック委員会のごたごた、相もかわらぬ交通事故、などなど、無責任な37年を生きるには無責任にいこうとヒットした。その調子のよさを音階の最後部にたとえてC調という。

ページの先頭へ 戻る

部課長受難時代

1976年版本誌収録。以下、

不況下で昇給停止や賃金カット、ボーナスは小型になり、希望退職の肩たたきで真先にねらわれるのは部課長という会社が続出し、中間管理職は、苦境に立っている。好況時にはトップと若手にはさまれ、上からのしめつけ、下からの突きあげにあい、今度は不況のワリを真先に食うと自嘲の声もあるが一方ではこういう時代だからこそ能力の開発、発揮に努めて自分の存在を主張できるとするミドル(中間層)もある。

ページの先頭へ 戻る

人手過多時代

1976年版本誌収録。以下、

通産大臣の諮問機関である産業構造審議会が「昭和50年度産業構造の長期ビジョン」を昭和50年7月に提出したが、そのなかでこれからの日本経済は“人手不足時代”から“人手過多時代”へと一転する可能性を警告して話題になった。低成長時代へ移行すれば雇用増加率が落ちるのは当然だが、産構審ビジョンによると昭和45年から60年までの15年間の雇用増加率は平均0.7%で35−45年の平均の約半分になるという。こういったことから「雇用問題は10年先の問題であるのみならず、現在からもずっと引続く問題となる可能性が強い」と警告しているのである。

ページの先頭へ 戻る

Eの時代

1984年版本誌収録。以下、

理想の管理職は“E課長”が「いい課長」だということになりそうだ。Eというのはエクサイトメント(excitement=興奮)、エンジョイメント(enjoyment=楽しさ)、エンターテインメント(entertainment=面白さ)、この3つのEを管理職だという。日本生産性本部の受講生11名(大手企業の人事労務担当者)が、製造業43社、非製造業社40社計83社を選び、優秀だとみられている課長に所属する800人を対象としたアンケートの結果、出されたのがこの結論。具体的には(1)多少現実ばなれしている若い社員からの提案についても、いっしょになって考えてくれる、(2)多少の危険は承知で、目標設定する、(3)多少熱中しすぎているのではないかと思う時でも、あまり部下にブレーキをかけない、(4)ときにはバカを演じることができる、(5)理屈よりも熱っぽさを持っている、(6)仕事の上ではケンカもこばまない、(7)好奇心が強い、(8)常識を破ることができる、(9)物事の本質を見つめている、(10)仕事をしながら遊びの話もできる、(11)仕事のあと「ちょっと一杯に」進んで参加する、(12)部下の出番を心得ている。これを分析すると(1)フレア(flare)=メラメラと燃え上がる、(2)日常性、(3)創造的・挑戦的、(4)連帯感、(5)水平=平等関係をつくり得る能力である。これからは人間関係における“Eの時代”か。

ページの先頭へ 戻る

第2次窓際時代

1984年版本誌収録。以下、

「黄金の60年代」(golden sixties)への跳躍台といわれた1960(昭和35)年前後に会社に入った人々(昭和1ケタ後半から2ケタ前半に生まれたサラリーマン)が一斉に閑職に追いやられたのは昭和50年(75年)ごろのことである。比較的部屋の奥のほうに椅子があるわけだから「偉い」には違いないが、実権もなければ部下もいないという「毎日が日曜日」的な状況の中で、ひたすら窓からさしこむ強い陽ざしに耐えていた。この、かつての“モーレツ社員”に与えられた称号が「マドギワ族」であり、ちょっと気のきいた“ジャパニーズ・マネージメント”の本(もちろん著者は欧米人)ならば必ずといっていいくらい、イタリック体でMadogiwaと紹介されるほど有名な存在であった。ところが最近、彼らを“窓際化”した連中(昭和20年代の前半に生まれたサラリーマン)までが、“第2次窓際時代”といわれる冷たい風にさらされて、企業社会に大きな衝撃を与えている。ベビー・ブーム時代にどっと出てきた彼らは、かねてから“団塊の世代”と呼ばれて、日本の人口動態に「ヘビがタマゴを呑み込んだような」不自然なカゲを投げかけていたが、いま「沈潜の80年代」(depressing eighties)の中期を迎えて、「数に見合ったポストがない」という厳しい現実に直面して、いよいよ本格的な試練の時を迎えている。ロボットやマイコンなどのハイテックに対する不適応症候群と相まって、いよいよこの国にも“日本病”が噴出してくるのかもしれない。

ページの先頭へ 戻る

5分の1部課長時代

1986年版本誌収録。以下、

西暦2000年には、50〜58歳で部課長になれるのは5人に1人という、団塊第一世代(1947〜48年生まれ)に厳しい現実現実を経済企画庁が昭和60年5月22日に発表している。試算によると1982年から2000年にかけ雇用人口は研究開発部門295万人、販売・サービス部門106万人それぞれ増加する。しかし、このうち正規の雇用者は研究部門こそ241万人増えるが、販売・サービス部門では86万人の減少、工場・オフィス部門では444万人が減少する。販売部門などはパートタイマーの進出で、そのころには3人に1人までふくらむ。年功賃金は高齢化と高学歴化で平均年0.7%のコスト負担増となるが、パートタイマーの進出で0.3%ぐらいに食い止められ、年功賃金体系はどうやら食い止められる。問題は年功序列の方で40〜49歳の定着雇用層でほぼ現状なみの36.6%は部課長になれるが、50〜54歳の層は現在では39.2%が部課長なのに対し、2000年の辞典では20.0%と半減する。大卒男子は現在は91.8%とほとんどが部課長になっているが、2000年には26.6%と4人に1人まで低下する。団塊第1世代が集中するためで、そこから脱会社人への途が追求されてくる。

一方、団塊第2世代(1971〜74年生まれ)も厳しい。この世代の就職期は就職希望者がピーク時で、昭和60年より大卒で24%、高卒で32%増加するが、企業の方はME化と情報化が進み、全員の受け入れは不可能、3人に1人は正規雇用者にはなれない。

ページの先頭へ 戻る

企業内失業時代

1994年版本誌収録。以下、

「中高年サラリーマン受難時代」、「新窓際族時代」。空前の大不況(平成大不況)のため、いまや超一流企業ですら必死のダウン・サイジング(規模縮小)やリストラ(restructuring=再構成)戦略を展開中である。なかでも最もジャマになるのは給料ばかり高くて時代の動きには鈍感な中高年サラリーマン、すなわちかつてのモーレツ時代の英雄的“中高年サラリーマン”である。すでに、関連会社に転出させたり、アウトプレースメント会社にひそかに依頼して何とか自発的に辞めさせるよう経営陣も懸命の作戦を展開してきたが、それでもなお「あてがうべき仕事がない」というほど“円高ショック”の打撃は大きいのである。つまり、辛うじて会社に残れたからといって、決して安心できる状態ではなく、いまや“窓際族”や“ドア際族”どころの話ではなく、実質的にはほとんど“企業内失業者”、すなわち会社にとって「まったく要らない人」になってしまっているのだ。一説によれば、大企業になるほどその率は多く、会社によっては60%を超えている所もあるというから怖い。

ページの先頭へ 戻る
All Right Reserved, Copyright(C) ENCYCLOPEDIA OF CONTEMPORARY WORDS