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「宣言」に効き目はあるのでしょうかの現代用語集
 

非核宣言

パラオ非核地帯宣言

本誌1981年版収録。以下、

1981年にアメリカの信託統治から離れ、独立するミクロネシアのパラオ地区で79年10月、住民投票で批准された憲法にもりこまれた非核地帯宣言。この憲法草案では、化学兵器、毒ガス、生物兵器などにも言及した原憲法草案より後退したものであるが、それでも、アメリカが推進していたパラオ諸島最大の島バベルタップ島の核戦略基地化、原潜基地化、及び、エネルギー・ルートの中継基地化、日米共同作戦基地化、核燃料物質の処理・投棄場化に大きな打撃となっている。これまで南太平洋地域は、核実験場、中国を含むICBM実験場として使用されてきたが、80年7月の第11回南太平洋フォーラム首脳会議は、アメリカ、日本が放射性廃棄物貯蔵基地建設を計画していること、フランスがムルロワ環礁で核実験を続けていること、を非難する決議を採択しており、今後、これらの地域の核問題が重大となってきている。

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核廃絶宣言

本誌1983年版収録。以下、

井上靖、井伏鱒二、尾崎一雄氏等287人の作家評論家が1982年1月核廃絶宣言を行った。「人類が核戦争で亡びるのを見ておれない」というのである。代表世話人中野孝次氏。6月のペンクラブ理事会では2年後の1984年に東京で開かれる世界ぺン大会の主要テーマを『核状況下にある文学−われわれはなぜ書くか』とすることにきめた。核と人類の未来とは、今世紀後半の最大のテーマであるが、この反核運動が主としてアメリカに向けられ、ソ連側には体制のちがいがあるが、ほとんど届けられない。モスクワでは観光客が、クレムリンの前で反核デモを行って逮捕された。ソ連圏と国境を接し、核の脅威に直接さらされている西ドイツには「デッド(dead=死)よりレッド(red=赤)」などという世論も起りかけている。一方日本からアメリカの反核集会に大挙押しかけるなど反核運動も国際的にひろがるとともに、微妙な動きを見せている。

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非核都市宣言

本誌1984年版収録。以下、

平和運動の一種。核拡散とその脅威、核拡張に反対し、自ら市町村区において、核の製造、持ち込み、保有を許さないことを宣言する運動が欧米にひろがっている。特にベルギーでは五八九589の市町村区のうち、200がすでに非核都市宣言をしており、イギリスでは全人口5600万人の半数を超える3500万人が非核都市宣言をなした地域に住んでいる。

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プラハ宣言

本誌1984年版収録。以下、

1983年1月5日にワルシャワ条約機構首脳会議(政治諮問委員会・チェコスロバキアのプラハで開催)で採択された軍縮を呼びかける政治宣言がそれである。それは、主として「核戦争の破局を回避する」ことを目的としたもので、<1>米ソ両国が戦略兵器の保有量を凍結し、質的開発を制限する、<2>核先制不使用を国際的に誓約する、<3>中性子爆弾、化学兵器、宇宙兵器を全面的に禁止する取決めを関係諸国が結ぶ、<4>ワルシャワ条約機構と北大西洋条約機構(NATO)の加盟国間で軍事支出を現行水準に抑え、さらに相互削減に導くような協定作りの交渉を開始する、などという一連の軍縮提案を行った。そのほかプラハ宣言は国連の仲介によるアフガニスタン問題の政治的解決を支持する、という新しい柔軟な方針を打出したが、ポーランド情勢については「外部からの介入」に強く反対すると述べただけで、また中ソ関係の改善にはまったく言及しなかった。それは、NATOが83年末に予定しているヨーロッパヘのアメリカ新型戦域核ミサイル配備の阻止を最大の目的としたもので、またソ連のアンドロポフ政権が、ブレジネフ政権の軍縮政策を受継ぎながら、さら積極的なイニシアチブを発揮する姿勢を示したものとして注目された。

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非核国家宣言

本誌1985年版収録。以下、

田英夫社民連代表は1984(昭和59)年4月21日、記者会見で、氏の主唱する「非核国家宣言」を大きく政治運動として具体化していくため「近く国際軍縮促進議員連盟の三木武夫会長(元首相)や宇都宮徳馬氏、野党各党党首クラスの人々と個別に会い、非核国家宣言について説明し、協力を求めたい」と語った。「非核4原則」(核兵器を「つくらず」「持たず」「持ち込ませず」「使わせず」)を根幹とし、米ソ両国に核軍縮を求め、日本の「非核」を守る方策として提言したもの。

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非核兵器県宣言

本誌1985年版収録。以下、

沖縄に次ぐ全国第2の米軍基地を抱える神奈川県で1984年7月5日、県議会は、長洲知事が提案した「神奈川県非核兵器宣言」を自民党を除く社会、公明など6会派の賛成多数で可決した。宣言の内容は核兵器の廃絶を世界に訴えるとの前文に続き「私たち神奈川県民は、国是である『核兵器を持たす、作らず、持込ませず』の非核3原則を県是とする」というものである。県内では、アメリカが同年6月1日から核付きトマホークの艦船配備を決定したことから、核搭載艦の横須賀入港の疑惑など核不安が高まっており、「非核宣言をめざす署名を集める会」「非核県宣言をめざす署名を集める会」「神奈川非核宜言をめざすシンポジウム実行委員会」その他の反核・平和市民運動が広がった。こうした非核県宣言を求める運動はそれぞれ署名運動を行い県議会に対し非核県宣言の請願を行ったが、署名の数は合計140万に達した。こうした県民の動きを背景にした知事の提案は「かながわ非核県宣言」であったが、民社党その他から注文がつき名称と内容に修正が加えられた。今後は宣言の実効性を県政のなかでどう具体化するかが問われよう。なお、都道府県議会で議員提案として「非核宣言」を決議したのは徳島県と長野県であるが、市民運動に支えられたのは神奈川県だけである。また、自民党が他県に波及するのを防ぐため「県連は慎重に対処されたい」との意見が伝えられたといわれ、同様の宣言を準備している他の自治体にも影響がでると予想される。

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