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ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド
執筆者 高木 尋士

ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

いい小説は上質のミステリ―――そんな言葉を連想させる。

いくつかの謎が提示される。まず、題名が謎である。「色彩を持たない」とはどんな意味か。これはすぐ明かされる。名古屋の高校時代に培われた、これ以上ない濃密でインティメットな友情で結びついた5人のうち、多崎以外は名前に色のついた苗字を持つのだ。赤松慶、青海悦夫、白根柚木、黒埜恵里というふうに。

だがその仲間から、ある日、突然理由も告げられず、激しく拒否されることになった多崎。彼は、死を考えるほどの悩みの歳月を経て、人生に期待することをやめ、子供のころから好きだった駅舎の設計士として日を送っている。しかし、2歳年上の女性沙羅が現れ、つくるに、グループがなぜ突然つくるを拒否したのか、それと向き合うように勧める。つくるの拘泥を見破ったのだ。

それでつくるは、名古屋へそして海外へ、巡礼に出かけることになる。彼はそこで何を得た(失った?)のか。そして沙羅との関係どう変化するのか。最後まで、謎が仕掛けられる。村上自身は珍しく受けた国内の講演の中で「これは成長物語で、成長を大きくするためには傷も大きくないといけない」と語っている。

村上春樹著。文藝春秋刊。税抜本体1,700円。

評価においても売り上げにおいても大成功を収めた前作『1Q84』から3年ぶりとなった長編小説だが、タイトルや内容を少しずつ明らかにするという広告戦略も相まって、1週間で100万部に到達し、さらに売り上げをのばしている。ストーリーとしては、旧友を訪ねて歩くというシンプルな物語だが、読後はいい小説を読んだという堪能感に包まれる。

また、これも前作同様だが、作品の随所に効果的に登場するリストのピアノ独奏曲集「巡礼の年」のCDは、売切れや再発売が決定された。作中人物の一人がトヨタのセールスマンでレクサスを絶賛するシーンもあって、これは作者の評価なのかと思わせる。

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『海賊とよばれた男』

百田尚樹著、講談社刊。

馘首なし、定年なし、タイムカードも労働組合もなし。

会社としては非常識とも言える制度を貫き通した経営者がいた。異端の石油会社「国岡商店」の店主・国岡鐡造は、戦争で何もかもを失い、苦境に立たされるが、「社員は家族」として、ただの一人も解雇することはなかった。

日本の運命を左右し続けた石油というエネルギー。日本の石油会社が次々とアメリカ資本に蹂躙される中、国岡商店はただ一社「出る杭」として同じ日本人からも疎外される。それでも消費者のため、国のために、一騎当千の社員たちとともに戦い続けた男の物語。

この凄絶な生涯には、モデルがいる。現在も石油業界に君臨する出光興産を一代で築きあげた出光佐三である。主人公だけではなく、本作に登場する人物は全て実在する。上巻では国岡商店の発足、戦争を経てアメリカ資本との闘いが描かれ、そして下巻の、世界を震撼させた「日章丸事件」へと繋がっていく。

2013年、本屋大賞受賞作。経済小説とも、歴史小説とも、また痛快な英雄譚にも読める本作の人気は止む事なく、同年4月には、上下巻合わせた発行部数が100万部を突破した。

国岡商店創業50周年の式典で鐡造は語る。「五十年は長い時間であるが、私自身は自分の五十年を一言で言いあらわせる。すなわち、誘惑に迷わず、妥協を排し、人間尊重の信念を貫き通した五十年であった、と。この人間尊重の精神は、これからの時代にこそ、より強く求めていかねばならない。私は若い君たちに、人間尊重のバトンを渡したい」。自社の利益を求めるのではなく、日本の栄えある未来のためにひたすら戦い続けた英雄の姿は、今後も日本人を励まし続けるだろう。

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『わりなき恋』

岸惠子著、幻冬舎刊。税抜本体1600円。

著者が10年ぶりに書き下した衝撃的な恋愛小説だ。

タイトルの「わりなき」は、「理無き」と書く。形容詞「理無い」の連体形で、「理屈では割り切れないほどの深い関係。特に、男女関係についていう。どうしようもなくつらい。やりきれない。やむを得ない。避けられない。ひととおりでない。格別だ」という意味で、清原深養父(きよはらのふかやぶ)が、古今和歌集で詠んだ『心をぞわりなきものとおもひぬる見るものからや恋しかるべき』に由来する。

岸惠子は1932年生まれ。女優。フランス人映画監督イヴ・シャンピと結婚、パリに住み、一女をもうけて離婚。エッセイや小説など文筆家としても活躍している。10年ぶりに小説の執筆を思い立ったのは、幻冬舎の見城社長から「小説を」と勧められたからだ。

物語は、69歳の国際的なドキュメンタリー作家の女と58歳の国際的大企業のトップマネジメントを務める男との出会いと別れを描いている。主人公笙子は、パリ行の飛行機で隣に座った男兼太に声を掛けられ、「プラハの春」などについて話す。兼太には、妻と息子3人と2人の娘の家庭があったが、すでに結婚生活は破綻し、家庭の中に彼の居場所はなかった。二人は、東京で再会し、「わりなき恋」が始まる。笙子にとって一回り年下の男。さまざまな国、多くの出来事、年齢ならではの感情、性愛と情感。肉体と心が交錯しながら物語は進む。ラスト近くでの3.11。最後の晩餐。二人の別れ。

著者にしか書けない国際性と女の情感。まるで著者の半生を目の当たりにするような人間臭いドラマだ。

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『syunkonカフェごはん3』

オリコンが発表する「2013.4.15週間本ランキング」BOOK総合部門(オリコン発表)で第1位を獲得。著者は、大阪出身・在住の人気No.1ブロガーだ。著者による料理ブログ「含み笑いのカフェごはん『syunkon』」をムック化したものだ。三巻シリーズ累計では、150万部を突破した。料理本には珍しく、「読みごたえ」のある1冊となっている。

山本ゆり著、宝島社刊。税込本体743円。

インターネットを使ったブログが1冊にまとめられて出版されることは近年では珍しいことではないが、本書はその中でも特異な1冊だ。コラム、メッセージ、含み笑いレシピなど、「読む」部分がとても多い。だからと言って、取り上げられている料理の数が少ないわけではない。丁寧なレシピとカラフルな写真を用い、「こんなに簡単なら作ってみよう」と思わせる作りになっている。

レシピは、一人分の分量を紹介していることが多いので、独身の方にはぴったり。弁当にも便利。珍しい調味料を使わず、身近にある安い食材を使った簡単レシピ集だ。

「Shunkon」とは、高校の女子バスケットボール部のTシャツや部旗に書いてあった「春魂」からきている。

「3冊目の中身ですが、まずレシピは『まごはやさしい』を意識しました。マヨネーズ、ご飯、ハンバーグ、焼き肉、サンドイッチ・・・」←歯を鍛える気ゼロか

こんな風に解説にいちいちツッコミが入り、くすりと笑うこと間違いなし!

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『摸倣の殺意』

40年前(1973年)に刊行された本作が売れている。著者、中町信(なかまちしん、1935-2009)は、ミステリファンには根強い人気のあった作家だ。4年前に鬼籍に入ったが、文教堂が本作にスポットライトを当て、一般読者にも知られるようになり、現在、広く売り上げを伸ばしている。

本作は、紆余曲折を経て現在に至っている。

1971年『そして死が訪れる』(第17回江戸川乱歩賞候補)

1972年『模倣の殺意』に改題(雑誌『推理』に連載)

1973年『新人賞殺人事件』に改題(双葉社より刊行)

1987年『新人文学賞殺人事件』に改題(徳間文庫より刊行)

2004年『模倣の殺意』(創元推理文庫より刊行。本作)

この5作品は同じ小説だ。改題のたびに多少の変更が行われてきたが、時代背景は、初出のまま1970年前半に設定されている。

本書は、読者を欺く「叙述ミステリー」の先駆的作品であり、デビュー作でありながら、最高傑作と言われ、これまで幻の傑作と言われてきた。「叙述ミステリー」とは、小説の「文章構成」「叙述形式」にトリックが仕掛けられている小説だ。

7月7日午後7時、坂井正夫が密室で服毒自殺する。坂井の婚約者であり、坂井が師事した大作家瀬川恒太郎の娘の中田秋子は、その死に疑問を持ち自ら捜査を開始する。一方、作家兼ルポライターの津久見伸助は、坂井の死亡顛末を記事にすべく調査を始める。物語は、「中田秋子」と「津久見伸助」の二人の一人称視点が交互に展開し、真相を突き止めるという構成だ。二人は、交わることなく独自に調査をするが、自殺の動機は見えてこない。中田秋子は、遠賀野律子という女性、津久見伸助は、柳沢邦夫という編集者にそれぞれ目をつける。

全4章からなる本書。3章の終わりで、中田秋子と津久見伸助はそれぞれ真相と思われる結論に辿り着く。4章の扉には、「あなたは、このあと待ち受ける意外な結末の予想がつきますか。ここで一度、本を閉じて、結末を予想してみてください」と著者からの挑戦状が。

意外な犯人。精緻な叙述トリック。クールな文体と時代描写。これぞ本格ミステリー。

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『県庁おもてなし課』

2011年に単行本として出版され、2013年5月の映画公開と時期を同じくして文庫化された。著者の故郷である高知県に実際に存在する「高知県観光振興部おもてなし課」をモデルに書かれた観光エンタテインメント小説である。

有川浩著、角川書店刊。税抜本体705円。

高知県庁観光部に発足した「おもてなし課」。県の観光発展のために、独創性と積極性を求められたものの、そこで働く人々は悲しいほどに公務員だった――。

おもてなし課の若手職員、掛水は、「観光特使」――県出身の有名人にPRをしてもらう――という制度を発案した。意気揚々と著名人に特使を打診していく掛水だったが、人気小説家の吉門に「制度の実効がわからない」と冷や水を浴びせられる。吉門の指摘で次々と浮き彫りになるお役所体質と民間感覚との乖離。やがておもてなし課は吉門の助言で民間からの女性アルバイト多紀を迎え、少しずつ目先を変えていき、「高知県まるごとレジャーランド化計画」を推進していき……。

作品に登場する小説家・吉門は、実際に高知県の観光特使を務める有川浩本人がモデルであり、県庁とのグダグダなやりとりがリアルに描かれている。独創性とは程遠い、頭の固いお役所体質。前例のないことに及び腰になり、変革よりも無難を選ぶのは、高知県に限らず予算の少ない地方行政にありがちな傾向だろう。

また、その地域独特の価値をどうアピールするかなど、扱われるテーマは身近で普遍的だ。自分の故郷を重ねあわせる読者も多いのではないだろうか。

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『マンチュリアン・リポート』

人気作家浅田次郎が14年ぶりに書き下ろした長編小説の文庫化。大ヒットした『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』に続く完結編的な1作である。『蒼穹の昴』はドラマ化され、2010年、NHK総合で放送されたことは記憶に新しい。

できれば、前3作品を読んでおきたい。『蒼穹の昴』は、清朝末期、李春雲は、宦官になり西太后に気に入られて出世する。一方、義兄弟の梁文秀は光緒帝に仕える高官となる。戊戌政変、滅びゆく清朝と二人の姿を描いている。『珍妃の井戸』は、紫禁城内で起きた光緒帝の妃の死の謎を解く。『中原の虹』は、李春雷が満州の馬賊頭目の張作霖に浪人市場で買われ、その後、中原の覇者となる張作霖と満州を駆け巡る物語だ。本作は、その三部作に続く物語となっている。

タイトルは「満洲報告書」という意味。張作霖爆殺事件の事実関係を調査した報告書ということだ。タイトル通り、「満州報告書第一信」張作霖の死から物語は始まる。張作霖はどのように殺されたのか。なぜ、誰が殺したのか。真実を調査する密命を帯びた志津中尉が北京に派遣され、『蒼穹の昴』、『中原の虹』に登場していた主要人物が、少しずつ真実を明らかにしていく。

「志津中尉」と、張作霖が最後に乗っていた「英国製の機関車」の独白という二つの視点が交互に展開し、事件が明らかになるという構成だ。ラストの「満州報告書第七信」は、なんとも言えない味わいとなっており、この最後の2ページが、浅田次郎の真骨頂と言える。

浅田次郎が、あるインタビューに答えている。

「爆発があった皇姑屯のクロス地点に、日本人の日本人たるモラルをぶちまけてしまった。それまでの歴史で日本という国は騙まし討ちをしなかった。日露戦争では、日本は正々堂々とした戦いをして国際的に評価も高かった。そのモラルをわずか二十三年で忘れて、結果張作霖の爆殺を起こした。これは小説のテーマです。張作霖は自分自身の危険も察知していただろうけれど、日本人のモラルを信じていたと思う。日本はそれに背信をした」

講談社文庫刊。税抜本体629円。
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『舟を編む』

『海賊と呼ばれた男』が今年の本屋大賞だが、本作は昨年の本屋大賞。昨今の小説の例にもれず、映画化(松田龍平・宮崎あおい主演)に伴って、ベストセラーに顔を出した。

三浦しをん著、光文社刊。税抜本体1500円。

ところであなたは、「右」という言葉を説明できるだろうか。「『ペンや箸を持つほうの手』と言うと、左利きのひとを無視することになりますし、……」と、言葉の定義に心血を注ぐ、とある大手出版社の辞書編集部が本作の舞台。こう書くと、どれだけ真面目で辛気臭い小説なのかと思われるかもしれないが、それは全くの間違い。だいたい主人公の名前がマジメである。馬締光也とかく。そして彼が恋する、月夜の晩に物干し場で出会う、はかなげな美少女(板前修業中)はカグヤである。香具矢と書く。まるでライトノベルの感覚だ。

そして、辞書編集部一筋に定年まで勤め上げ、その後も関わり続ける荒木、その荒木とともに社の一大国語辞典プロジェクト『大渡海』を15年かけて丹精を込める松本先生(学者)、一見ちゃらい男に見せて、実は彼も辞書作りの支援に血道をあげる西岡、そして後半に登場する、女性誌から人事異動で辞書編集部に配属させられる岸部みどりなど、どこか変な登場人物が織りなす辞書ストーリー。悪いやつは一人も出てこない。だからではないが、笑わされ、ちょっぴり泣かされているうちに、さわやかな読後感に包まれる……珠玉の一編だ。

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