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ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド
執筆者 高木尋士

ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド

『ゼロ』

 出所後の完全書下ろし第一弾。自ら書店を回って営業したことでも話題となった。意外と言っては本人に失礼なのだが、なんとも読後感がさわやかな本だ。

 本書の前半は、これまでの著作『徹底抗戦』や小説『拝金』などで知られている世に出てからの堀江貴文ではなく、小学校時代から東大に入るまでの、少年堀江の姿が素直に表わされている。父・母(後に離婚)の姿が、かなり抑圧的なそれとして描かれるが、同時に進学塾に通わせてくれ、世に出たばかりのパソコン(20万円)を、新聞配達で返済することを条件に買い与えてくれる人たちでもある。一度だけの家族旅行で東京に1泊2日で出た時の話も泣かせる。

 後半は、若者に向けた人生論的なフレーズもふんだんにちりばめながら、簡単に人生や仕事観をなぞっていく。ここでも、麻雀に明け暮れ、女の子とまともに口もきけなかった堀江が、最初に自信をつけたきっかけがヒッチハイクだという意外なエピソードが明かされる。そこから「小さな成功体験を積み重ねよう」というメッセージが発されているのだが、実に説得力がある。

 同じように、よく若者から投げかけられる「やりたいことがないのですが…」、「仕事が好きになる方法は?」などの質問に対する答えが、その克服方法まで具体的に示されている。堀江貴文とはこんなに丁寧で親切な人格だったのだ。

 自分にとっての、「働くこと」や「お金」、の意味も明解に語られる。また、別れた子供への感情が噴出した瞬間や、刑務所暮らしのつらさ、自分が号泣した2つの事例についてなども、赤裸々に書かれている。

ダイヤモンド社刊。税抜本体1,400円。

 本書を読んだ後、ホリエモンに対する見方は確実に変わるだろう。

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『人に強くなる極意』

佐藤優著、青春出版社刊。税抜本体838円。

 月刊誌「BIG tomorrow」に「佐藤優の人生修行」というタイトルで連載された人生相談を集めたものだ。それだけに、この著者らしい博覧強記ぶりがふんだんに盛り込まれた本ではない。自身曰く「私の著述の中ではもっとも読みやすい記述」だが「テーマのレベルはかなり高度」。

 内容別に8章に分類されている。順に「怒らない」「びびらない」「飾らない」「侮らない」「断らない」「お金に振り回されない」「あきらめない」「先送りしない」。意外と普通の項目が並んでるなと、早とちりしてはいけない。これらの章タイトルにおさまりきらない、時には正反対のことを述べていたりする。曰く「西洋的な思想が広がってからは、社会全体が目的論的になった。資本主義的な経済が確立したことも大きい。つまり経済活動でも社会活動でも、何かしら目的を定めて、それに向けて頑張るということが善であると」。これが第7章「あきらめない」の中の文章なのだから、括目して読むべし。

 事例に、外務省やロシアの話、512日間の獄中生活や検察との闘いの話が引かれるのも、お約束とはいえ佐藤優ワールドだ。意外な一面も披瀝される。曰く、誰もが、(著者のような)いろいろな人生体験ができるわけではないから、「よい小説や映画に触れることで疑似体験ができる」。さかんに代理体験を奨める。そして、そういうすぐれた小説の例として引かれるのが綿矢りさの『ひらいて』なのだ。うーん、ここまでフォローしているのか。

各省の末尾には、その章にふさわしい書籍が2冊ずつ紹介されている。

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『清州会議』

三谷幸喜著、幻冬舎刊。税抜本体571円。

「熱いな。だいぶ熱くなってきた。」

 天正10年6月2日、燃え盛る本能寺―――織田信長による断末魔のモノローグから物語は始まる。そして、3週間後の6月24日から、清州で会議が行われる6月27日、そして終局となる28日までの5日間を、登場人物のモノローグだけで描いているのが本書だ。

「清州会議」とは、尾張国の清州城にて、織田信長の家臣たちが信長死後の事態収拾のために行った会議のこと。参加したのは柴田勝家、羽柴秀吉、丹羽長秀、池田恒興の4人。勝家は三男信を、秀吉は次男信雄をそれぞれ推挙する。勝家とは長年の友人でもある長秀は勝家を支援し、勝家・秀吉ともが想いを寄せるお市の方も、秀吉への恨みから勝家に肩入れ。加えて秀吉が推す信雄のどうしようもないバカ殿ぶりから、誰もが勝家側の勝利を確信するが、秀吉の参謀、黒田官兵衛が思いついた奇策により、会議は思わぬ方向へと進んでいく。

 歴史モノ故に、読者は結末がどうなるかをすでに知っている。しかし、モノローグでそれぞれの腹の内を覗き、駆け引きや陰謀をリアルタイム追いかけていくうちに、事の成り行きから目が離せなくなっていく。また、全てが「現代語訳」されており、「ぶっちゃけ」や「プレ会議」といった今風の単語が使われ、時代小説特有の重たさが一切ない。誰もがスルスル読めるエンタテインメント小説だ。

 著者は、脚本家、放送作家、演出家、俳優、映画監督と多方面で活躍し、これまでにも数多くのヒット作を世に出している三谷幸喜。本書は、2011年の生誕50周年を記念する「三谷幸喜大感謝祭」の一環として出版予定だったが間に合わず、2012年6月27日、旧暦で清州会議が行われた日に、満を持して発売された。2013年11月には映画も公開され、こちらも大ヒットとなっている。

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『人類資金I』

「あなたに仕事を依頼したい。報酬は50億。内容は『M資金』を盗み出すこと。

 キーモチーフは、「M資金」。

 M資金とは、終戦期の社会的な混乱に紛れて日本銀行から盗み出され、軍が隠匿した莫大な金塊だ、と言われている。日本の驚異的な復興には、そのM資金が大量に使われたとも言われる。これまでドラマや小説で何度も取り上げられ、また実社会でもまことしやかにその存在がささやかれてきた。実際に1970年頃から、『M資金』詐欺が多発することにもなった。『M資金』が実在するかどうかはさておき、その謎性、金額の大きさ、取り扱う人物の大物さという点で、モチーフとしてはとても面白いと言える。

福井晴敏著、講談社文庫刊。税抜本体(期間限定特別定価)250円。

 『亡国のイージス』で国防問題、『終戦のローレライ』で戦争をテーマとしてきた著者福井晴敏。本作では、「経済」をテーマとした。

 異例の「文庫書き下ろし・原作小説・連続刊行」というスタイル。2013年8月9日に1、2巻を同時刊行し、3巻からは、毎月1巻刊行され、全7巻となる。さらに連続刊行中の10月には、映画が公開となった。また、第1巻は期間限定(2014年3月末まで)で半額になっている。こうした特別定価を付けるのは、1971年創刊の講談社文庫で初の試みだという。毎月の連続刊行に関しては、過去にはスティーヴン・キングが『グリーン・マイル』で行い、話題となった。

 第1巻は、序章的な扱いで、これから壮大な物語が始まることを予感させている。現在(2013年12月)では、4巻まで刊行されており、読者は楽しみの渦中にいるはずだ。また映画と小説ではストーリーが違っており、映画を観たからと言って、小説的なネタバレにはなっていないようだ。

「口を開けて待っている所にお粥を流し込んでいくような(口当たりの良い)作品が多い中で、こちらは栄養たっぷりの肉の塊を出す。子供や若者向けにハードルを下げることは、まるっきりしていません」(著者インタビュー・2013年8月17日 読売新聞)

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『歌舞伎町セブン』

誉田哲也著、中公文庫刊。税抜本体686円。

 主人公は、歌舞伎町! 現代の必殺仕事人!

 著者は、2013年に映画化された『ストロベリーナイト』やテレビ朝日系列でドラマ化(2011年)された『ジウ 警視庁特殊犯捜査係』の原作者誉田哲也(ほんだ・てつや)だ。本作は、2011年11月に中央公論新社より発表され、2013年9月に文庫化された。

 東京や大阪など、一つの都市を舞台とした警察小説は数多くあるが、それら多くの小説がその都市を「舞台」にしているのに対し、本作は、都市そのものが「主役」として描かれている点において特異な作品であると言える。

 物語は、歌舞伎町の中だけで進んでいく。歌舞伎町の町会長の死に不審を抱いたフリーライター上岡と警察官小川が独自に捜査を始める。捜査が進む中で「歌舞伎町」の闇に潜む事実が一つまた一つと浮かび上がってくる。事件の真相に迫る上岡と小川。その時、都市伝説かと言われてきた「歌舞伎町セブン」と「欠伸(あくび)のリュウ」という名が浮上する。緻密で精細な「歌舞伎町」の描写。不夜城歌舞伎町でなければ成立しない暗闇と情念。視点が常に変化し、「歌舞伎町セブン」を浮き彫りにしていく。

 タイトルの「セブン」は、7人を表し、キーワードのように出てくる「欠伸のリュウ」はそのメンバーで、「欠伸」は、殺害法を示している。一気読みの翌日寝不足間違いなしのハードボイルド小説だ。

 本作の続編とも言える「歌舞伎町ダムド」が月刊中央公論9月号より連載を開始している。その作品では、「ジウ」とのつながりが明らかになっていくようだとも。

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『陽だまりの彼女』

「女子が男子に読んでほしい恋愛小説No.1」と謳った書店ポップが話題となり、100万部を突破するベストセラーになった。2013年10月には映画化もされ、今なお部数を伸ばし続けている。

越谷オサム著、新潮社刊。税抜本体514円。

 物語は、僕―――奥田浩介と、渡会真緒が「再会」するところから始まる。浩介と真緒は中学時代の同級生。当時、「学年有数のバカ」で、団体行動もできずいじめられていた真緒。浩介はそんな真緒をかばい、勉強を教えていた。やがて二人は小さな恋に落ちるが、浩介の転校を機に離れ離れになってしまう。それから10年。真緒は美しく仕事のできるモテ女に変身していた。二人は再び恋におち、結婚を決意する。しかし真緒は、今の両親の実の子ではなく、13歳で保護されるまでの記憶がないという不可解な過去を持っていた―――

 主人公たちがとにかくラブラブなベタ甘の恋愛小説だが、どこか悲しい結末を予感させながら物語は進む。口座から引き落とされた現金、大量に抜ける髪の毛、突然消えた金魚……。真相は意外にもファンタジーで推理小説的な読み方をすると肩すかしをくらうが、浩介が真緒の正体に気付くラストは痛々しくも感動的だ。浩介の「僕」という一人称で語られる中に、人を好きになる事の嬉しさと切なさが詰め込まれている。

恋をする男性は特に感情移入して読める一冊だろう。

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『人生はニャンとかなる!』

水野敬也・長沼直樹著、文響社刊。税抜本体1,400円。

 「もし道に迷ったら、一番いいのは猫についていくことだ。猫は道に迷わない。」(チャールズ・シュルツ)

200万部を突破したベストセラー『夢をかなえるゾウ』の著者である水野敬也が、2012年に『人生はワンチャンス!』を発表した。これは、表情豊かな犬の写真とともに、人生で役立つ格言や、偉人たちのエピソードを紹介するもので、多くの動物好きの支持を受けた。そして今年10月、構造はそっくりそのままの「猫版」が登場した。

「明日に幸福をまねく68の方法」というサブタイトルの通り、68枚の猫の写真と、それぞれの猫に絶妙にマッチした格言が書かれ、思わず笑ってしまうかわいさだ。そしてこの言葉に説得力を与えるエピソードは歴史上の偉人のものだけではなく、現在も活躍する実業家やロック歌手、俳優なども登場するので、より身近に感じられるだろう。

 あるページでは、くつ下の中に入って眠っている猫の写真がある。そこには「寝る場所さえあれば大丈夫」という言葉。そして、ウォルト・ディズニーの、ディズニースタジオが軌道に乗る前の、薄汚いスタジオでぼろ布にくるまって眠っていたというエピソードが紹介される。このくつ下の猫はディズニーとともに、「夢」と「寝る場所」さえあれば、多くの困難を乗り越えられるという事を教えてくれるのだ。

 本書はページを一枚一枚切り離せる造りになっており、部屋に貼ったり友人に贈ったりとカードのような楽しみ方もできる。これと思う猫を目に付くところに貼っておけば、明日の幸福を招いてくれるかもしれない。

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