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ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド
執筆者 高木尋士

ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド

『ホテルローヤル』

第149回直木賞受賞作。桜木紫乃著、集英社刊。税抜本体1,400円。

七つの短編が載っているが、どれも北国の湿原を見晴るかす高台に建つラブホテル「ホテルローヤル」を舞台(ないしは関わる)にした連作。冒頭の1編で「廃墟でヌードを撮影するのがあこがれだった」という恋人の頼みを入れて、透けるスリップ一枚の上にキルティングコートを羽織って撮影に行く、その廃墟がホテルローヤル。そして、さまざまな登場人物のストーリーが展開しながら、少しずつホテルローヤルの経緯が明かされていって、最後の1編では、ホテルが建てられた時の物語へと遡上する。重層的に楽しめる仕掛けだ。

著者は直木賞の受賞インタビューで「私にしかかけない1行があると信じて書いた」と答えている。人間関係への思いや、人物造形の中に、それは随所に感じられる。例えば5編目の『せんせぇ』では、妻を寝取られていた教師が、自分のクラスの女生徒(問題児)と言葉を交わしながら、人間性があぶりだされていく話は鮮やかだし、次の『星を見ていた』では、人の孤独と救いの話が胸を打つ。が、あえて著者の経歴と重なる部分=両親が釧路でラブホテルを経営、で、描写の確かさを感じたのは、『シャッターチャンス』に出てくるこのくだりだ。

《朝も昼も夜を演出し続けた部屋は長い間そのどれでもない時間を漂っていたためか、もうどこにも戻れないほどくたびれていた。》

営業をやめたラブホテルの1室をこう書く。

檀家に僧侶の妻が人身御供となる話しなど、設定は特異なものが多いが、この著者にかかると、当たり前の日常生活に見えるところが受賞の所以かもしれない。

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『爪と目』

第149回芥川賞受賞作。藤野可織著、新潮社刊。税抜本体1,200円。

発売前日に急遽3万部の増刷が決まった本書。著者、藤野可織は1980年京都の生まれ。同志社大学大学院美学および芸術学専攻博士課程前期を修了し、2006年に『いやしい鳥』で第103回文學界新人賞受賞している。芥川賞は、二度目の候補での受賞となった。

妻を亡くした「父」と、「あなた」と呼ばれる不倫相手の女・麻衣。そして「父」の三歳の娘が登場人物だ。「あなた」が「わたし」(三歳の娘)と「父」の部屋に移り住むことになった。三人の同居生活の中で静かに、ひたひたと、行き違う感情が積み重なる。目に見えない速度で時間が錆びついていく。そんな静かで緩やかだが言いようのない不快が肌に貼りつくように、「あなた」と「わたし」の関係が歪んでいく。三歳の娘「わたし」は、冷酷に「父」と「あなた」を語っていく。以下、特徴的な部分を抜粋する。

あなたは、わたしに飽きてきていた。わたしは、事前に親からおとなしくするようこんこんと言い聞かされて客の前に出された態を保ち続けていた。(中略)わたしは、あなたがなにか言い聞かせなければならないようなことは起こさなかった。それに、あなたは、わたしに言い聞かせてあげられるような言葉を持っていなかった。

この筆致こそが忍び寄る恐怖を産み出している。目と爪に対して執拗なアプローチをする本作。偏執的とも見えるモチーフへのこだわりや「あなた」という二人称に固執する姿勢は、いつまでもまとわりつかれるような真の恐怖を感じさせる。芥川賞選考委員島田雅彦は、「『あなた』という二人称が功を奏し、作中に強烈な自己批評が含まれている。技巧も巧みで、出色のできだ」と評した。

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『(株)貧困大国アメリカ』

堤未果著、岩波新書。税抜本体760円。

本書を読み進むにつれ、心胆寒からしめるという、最近あまり使われない単語が、頭の中を駆け巡った。

これまで、アメリカ社会と経済を、インタビューと数値で怜悧に描いた著者の3部作目になる今回は、農業をとっかかりに、食品工業、とりわけGM食品=遺伝子組み換え食品の問題を通して、いかに伝統的で地元密着型だった農業が、破壊され、いくつかの寡占企業に支配されていったか、その具体的過程が克明に記される。それを80年代から舵を切った株式至上主義と喝破するところが、本書のタイトルの由来だ。

キーワードのひとつが、1%と99%。政治と癒着し、ますます巨大化→グローバル化と寡占化のもと、富を独占する富裕層。一方、ローンづけにされ生活と希望を失う貧困層。一見、福祉政策に見えるSNAP(国の食糧支援プログラム)も、裏には企業と金融機関がますます太る仕組みが作られていたとは! 二極化は人々だけでなく、デトロイトを好例として、自治体財政を破綻させ、その結果、絶望的に公共サービスがカットされ、しかもカットマンたちが称賛(と高い報酬)を得ていく現実……。

著者によって、頻繁に繰り返される質問、「その理由を国民は気付いてないのですか?」が、二つ目のキーワードだ。答えはもちろん、ノーだ。「なぜならアメリカ国民はテレビで伝えられることが真実と思い込んでいるから」。

ならば、なぜテレビは報道しないのか? それを扱った第5章「政治とマスコミも買ってしまえ」に至って、背筋がぞっとする。しかもそれは、一部ネオコンだけの話ではなく、制度が変更されたことにより、選挙資金が青天井になり、その結果、選挙資金を出した業界に対しては、公約を破ってまで、有利な制度を提案する政治家の姿が暴かれている。「オバマよ、お前もか!」なのである。

民主党や共和党、大きい政府と小さい政府などの2項対立は、すでにマスコミが作った幻影なのだという著者の指摘に、うなづきながらぞっとする。

我が国の近い未来に対する危惧が連想される。

そんな絶望感、厭世観は、やっとエピローグ「グローバル企業から主権を取り戻す」で、少し晴れる。いくつかの逆転の行動例が紹介されるからだ。例えばオキュパイド運動に対して提案された「預金移動日」運動などだ。それを推進する武器も(敵の懐柔手段も)SNSである。

感情的な言葉を排した、硬質な文体が、説得的だ。

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『オレたち花のバブル組』

7月からTBSで放送開始されたテレビドラマ『半沢直樹』。その原作が『おれたちバブル入行組』の続編にあたる本書だ。

池井戸潤著、文春文庫。税抜本体657円。

発行部数は、シリーズ累計130万を超えた。

「基本は性善説、やられたら倍返し」

 それを信条とする本シリーズの主人公の名前は、半沢直樹。銀行マンだ。営業第二部次長の主人公を脇で固めているのが、法人部時枝調査役、友人渡真利、取引先企業へ外部出向第一号の近藤という「バブル入行同期組」というわけだ。

大手ホテルチェーンの120億円という「巨額投資損失事件」、近藤の出向先での「浮き貸し事件」や「粉飾決算」、そして本作の肝とも言える「金融庁検査」。悪名高い検査官、銀行内派閥、企業派閥、担当各部の人間模様。虚々実々のせめぎ合い。裏切りと逆転。騙してでも銀行融資を受けたい企業と不良債権を手放したい銀行、そして、銀行を苛めたい金融庁の三者の駆け引きは白熱する。胃が痛くなるような問題に主人公を中心に「バブル同期組」が結束して当たる。ラストシーンで主人公が打った一手は痛快だ。

続編ということもあり、登場するキャラクターの性格はしっかりとしている。主人公半沢直樹は、ヒーローとも言えるかっこよさを見せる。臨場感溢れるストーリー。水戸黄門のような勧善懲悪物語。金融業界のことを何も知らなくても充分に楽しめる。それを可能にしたのは、著者自身が銀行マンだったということが大きいだろう。サラリーマンなら誰もが喝采を叫ぶ展開。真夏の清涼剤的なカタルシスがある。

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『泣き童子』

宮部みゆき著、文藝春秋刊。税抜本体1,700円。

江戸は神田にある袋物屋「三島屋」では、若い娘が江戸中から、ふしぎな話を集めているという。そこでの約定はたった一つ。

「聞いて、聞き捨て。語って、語り捨て。」

悲しい出来事がきっかけで実家を離れ、伯父の伊兵衛が営む「三島屋」に身を寄せることになったおちか。伊兵衛は、傷心の姪の魂を救うのは、巷の不思議、人の業、とりどりな人の生き様を聞き知ることではないかと考えた。こうして聞き手はおちか一人、一度に一人の客を招いて不思議な話を語ってもらうという、百物語が始まった――

ミステリー、ファンタジー、時代物と、幅広いジャンルで活躍する人気作家の宮部みゆき。本作は、「オール讀物」に不定期連載中の「三島屋変調百物語」シリーズの第三弾である。表題の「泣き童子」を含め、6編からなる怪談短編集だ。

「怪異を語るということは、人の世の闇を語ることだ。怪異を聞くということは、語りを通してこの世の闇に触れることだ。闇のなかには何が潜んでいるかわからない。」

 ここで語られる怪談話で怖いのは、怪異ではなく人の心だ。恨みや嫉妬、悔恨、やましさといった人の心の闇が、不思議噺の中で浮き彫りになっていく。一方で、おちかの普段の生活から、人の願いや思いやりといった温かさも感じられる。聞き手としてのおちかの成長譚としても、続きが待たれる作品だ。

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『愛ふたたび』

問題作だ。著者は、言わずと知れた大家・渡辺淳一。新聞連載を大幅に加筆・修正されて出版されたものが本書なのだが、その「新聞連載」で事件は起こった。

2012年夏から全国19紙で始まった連載。順調に思えたその連載が、半年後の12月9日、16紙もの新聞が著者に断りもなく「過激すぎる」と連載を中止、中断、あるいは「終わり」としたのだ。この新聞連載の依頼に対して、「過激ですよ、いいですねと、渡辺さんは念を押した。これに対し、結構です、思い切って書いてくださいと新聞社のほうでも、配信元を通じて了解した」(「週刊新潮」2013年1月24日号、渡辺淳一連載エッセー「あとの祭り」)とあり、そして、連載にあたって、「私はこの連載で、日本人の固定観念を根底から覆したい。実に殺伐として詰まらない社会に一石を投じ、老いというものを前向きに捉え、多彩で豊かな人間関係を築くための、起爆剤にしてほしいと思っている。これまでにない、人生と性の深遠に鋭く迫る作品を目指します」(2012年7月、日刊ゲンダイ「作者の言葉」)と宣言している。

幻冬舎刊。税抜本体1,500円

インポテンツ(性交不能、勃起不全)を真正面から取り上げた本作。79歳の著者渾身の一作だ。1965年に『死化粧』で第12回新潮同人雑誌賞を受けデビューし、1970年『光と影』で第63回直木賞を受賞。50年近くの長きにわたり第一線で作品を問うてきた著者。40代が主人公の『失楽園』、50代が主人公の『愛の流刑地』、60代が主人公の『エアロールそれがどうしたの』と愛をテーマとした大きな問題提起をしてきた著者。

73歳の整形外科医と40代の女性弁護士の間で交わされる無言の情念。インポテンツが象徴する「老い」「性の終焉」そして「死」。著者が本書で問うているのは、その先だ。愛とは何か。よりよく生きるとは何か。著者だけがものにすることができた日本人の性愛。読む者の年齢によって、感じ方は大きな幅をもつだろうが、どの世代にとっても必読の一冊と言える。

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『竹林はるか遠く』

サブタイトルは、日本人少女ヨーコの戦争体験記。

本書の原題は『So Far from the Bamboo Grove』。1986年、米国で刊行され、現在も中学生の教材として親しまれている。2013年、学習塾を経営している都竹恵子の訳により、日本語版の本書が刊行された。

ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ著、ハート出版刊。税抜本体1500円。

著者のヨーコ・カワシマ・ワトキンズは1933年、青森県生まれ。父親が南満州鉄道に勤務していたため、家族で朝鮮北部の羅南(現在の北朝鮮・咸鏡北道清津市)に移住した。本書は、終戦当時11歳の著者・川嶋擁子の、羅南から京城(現在のソウル)、釜山を経て日本へ帰国する際の決死の道程、そして引き揚げ後の苦労が綴られた自伝小説である。

1945年7月29日深夜、ソ連兵の侵攻から逃れるため、母と擁子と姉の好(16歳)は持てるだけの荷物を持って、竹林の中にある家に別れを告げた。母子3人の決死の朝鮮半島逃避行が始まる。水や食糧が欠乏する中、共産軍の追跡、日本人に恨みを持つ朝鮮人の暴行をかいくぐり、無事に日本に辿りつくも、そこに擁子が想像していた美しい祖国の姿はなかった。

韓国語版が2005年に刊行されるも、一部に朝鮮人を批判する記述があるとして反発を招き、出版停止となった。しかし本書は全体を通して公正な立場で書かれており、特定の民族を被害者、あるいは加害者にするものではないと言える。日本語版刊行にあたり、巻末に著者の意図が記されている。

「少女時代の経験は、戦争とは恐怖そのもので、勝負ではなく互いに「負け」という赤信号なのだということを私に教えてくれました。私はそのことを本書を通して地球上の全ての子供たちに伝えたい―――それだけが私の願いです。」

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