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ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド
執筆者 高木尋士

ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド

『真夏の方程式』

東野圭吾著、文藝春秋刊。税抜本体686円。

東野圭吾には多くの著作があるが、その中でも意外と数少ないシリーズキャラクターの一つが「探偵ガリレオ」だ。天才物理学者・湯川学(通称ガリレオ)が、大学時代の友人である警視庁捜査一課所属刑事の草薙の依頼を受け、一見超常現象にも思える難事件を科学的に解決していくストーリーで、1998年の『探偵ガリレオ』に始まり、現在では6作の短編集、2作の長編が刊行されている。短編はテレビドラマとして放映され人気を博し、1作目の長編『容疑者Xの献身』は2008年10月に映画として公開された。本作は2作目の長編であり、2013年6月公開の映画の原作である。

小学5年生の少年・恭平は、夏休みを親戚である川畑重治が経営する旅館「緑岩荘」で過ごすことになり、単身、玻璃ヶ浦に向かう。この夏、玻璃ヶ浦は海底鉱物資源開発の試験候補地として選ばれ、環境破壊の懸念や新たな産業への期待に揺れていた。開発についての説明会にアドバイザーとして出席した湯川は、「緑岩荘」に宿泊し、恭平と出会う。ある朝、もう一人の宿泊客・塚原正次が海辺で変死体となって発見される。事件に遭遇した湯川は東京にいる草薙とコンタクトを取りながら真相を明らかにしていく。

湯川が語る科学や研究の必要性は元々理系である著者の思想を代弁するものだろう。科学の発展と環境保護、人類にとっては永遠のテーマだが、その両立を目指すのに必要なものは何か。「両立させたいというのなら、双方について同等の知識と経験を有している必要がある。一方を重視するだけで十分だというのは傲慢な態度だ。相手の仕事や考え方をリスペクトしてこそ、両立の道も拓けてくる。そうは思わないか。」湯川の姿勢から、学問の意味を考えさせられる。

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『騎手の一分』

「一分」は「いちぶん」と読み、一身の面目という意味だ。そのとおり、騎手が自分の思いの丈を、遠慮会釈なくぶつけた本だ。その主なターゲットは、JRA=日本競馬会である。小気味よい、そして説得力の横溢した内容だが、何よりも驚くのは、現役の騎手が「ここまで書くか!」「なぜここまで書けるのか!?」という点。

藤田伸二著、講談社現代新書。税抜本体740円。

一つには、著者には燦然たる実績がある。だから言いたいことが言える。通算1829勝は歴代8位、デビュー以来の重賞21年連続は、武豊の27年に次ぐ2位。ダービー、有馬記念、宝塚記念、春の天皇賞などの重賞制覇93勝も、歴代8位にあたる(2013年3月31日現在)。野球で言うと、引退間際の松井秀喜が日本プロ野球機構に対して苦言を呈しているといった趣か。ただ著者は松井のような優等生ではなく、他の騎手に対してもズバズバものを言うキャラ。それでいて騎乗ぶりはフェアプレー賞を歴代1位の17回も受けている。

もちろん実績があるからだけで、本書は書けない。低迷している競馬会に対する愛情あふれる(こういう形容は著者は好まないだろうが)鞭入れなのだ。

曰く「1982年には252人いた騎手が、いまは130人と半分近くにまで激減しているんだ。この減りかたは異常だと思わない?」「今、競馬会で絶大な力を持っているのは、一部の大手クラブや一部の有力馬主なんだけど、もちろん、俺は彼らが悪いと言ってるわけじゃない。悪いのは、今のシステムを作ったJRAだ」「最近ではどの騎手も、外国人騎手にいい馬を根こそぎ取られてしまっている感じがする」

俎上にするのは、、売上げが縮小する業界、ますます権力の集中する大馬主、目先の勝利にこだわり若手の育成よりも外国人騎手に頼る馬主、それを促進するエージェント制度、小粒化する騎手等々。競馬界よ、お前もか!と嘆きたくなる事実の暴露がいっぱいだ。

競馬ファンには、競馬予想紙を騎手は一生懸命読んでいるとか、田原成貴やアンカツら名高い名騎手についての意見、「最強の馬とは」や「快晴のレースはどれだったか」などの話も興味深い。そうそう、「なぜ武豊は勝てなくなったのか」にも1つの章が割かれている(第4章)。

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『余命3カ月のウソ』

2012年刊行の『医者に殺されない47の心得』が70万部を超えるベストセラーになっている著者・近藤誠医師。主張している内容は変わらず、がんと闘うことは無意味であり、治療するほど命を縮める、という事である。本著では、ドラマ等でもよく耳にする「余命宣告」に焦点を絞り、その信憑性について具体例を挙げながら解説していく。

KKベストセラーズ刊。税抜本体686円。

医師から「余命3カ月」と宣告されたら、絶望する患者は多いだろう。そこで「でも治療すればあと2年は生きられる」と言われたら、「先生にお任せします」と、どんな治療でも受けてしまう……。

帯にあるコピーは“がんが恐ろしいのではない。「がんの治療」が恐ろしいのです。”

手術は身体にとっては大怪我であり、大変な負担になる。抗がん剤はがん細胞だけでなく正常な細胞まで殺してしまい、強い副作用がある。それで本当にがんが小さくなって、延命ができるのか。また、その延ばした命でどれだけ自分らしく生きることができるか。世界各国の論文や臨床データを紹介し、疑問を投げかける。

残された時間をどう生きるか、それが本書の大きなテーマだ。

巻末で著者は語る。「ふつうに歩いたり、食べたり、人と会ったりできること。あしたがあること。ありふれた毎日を生きられることは、奇跡です。」

ありふれた生活を少しでも長くするために、医者を盲信するのではなく、治療法を自分で選ぶ必要性を説き、そのヒントを提示する一冊。

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『日本人のための世界史入門』

「世界史の“コツ”教えます。古代ギリシャから現代まで。3000冊を一冊で大づかみ!」

帯に書かれたキャッチコピーだ。しかし、本書は歴史概説書、或いは解説書としては少し特殊な読まれ方をする。まず、年代別ではない。体系的でもない。年表はない。図説もほとんどない。そして最大の特徴は著者の歴史観・主観が最前面に出ているということだ。

小谷野敦著、新潮新書。税抜本体780円。

「歴史に法則なんてあるか」と冒頭で著者は語る。歴史には法則があるとするサヨク学者やマルクス主義者を全否定する著者の宣言だ。東京大学文学部英文科卒、同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了、学術博士という学歴。専門である比較文学の知識が炸裂した一冊となっている。

「キリスト教なんておかしなことだらけである(中略)神などいないからであって、まじめに考えるのがあほらしい」「新約聖書の福音書にしても、なぜイエスの生涯を四人でよってたかって書かなければならないのか分からない」「ドストエフスキーの『大審問官』の、なぜ神は子供が苦しんでいるのを放置するのか(中略)まじめに考えるのがあほらしい」

フランス革命に出てくる殺人者ロベスピエールは「現代でいえばポル・ポトみたいな男だが」など、独自の歴史観・宗教観・文学観を縦横無尽に語り尽くす。

特筆すべきは、解説中にアニメや映画、漫画などを例に挙げている点と参考資料としての文献を丁寧に書きだしている点だろう。これから「歴史」を学ぼうとする人にとって一つのガイドにもなり得る本である。

現在の歴史学における通説に対して主流とは言えない内容も含んでいるが、本書と対話をするような読み方がいいだろう。(えっ?ほんと?!私はこう思うけど……、他の人はどう考えているんだろう……)と「ここから始める歴史学」という見方においては、タイトルが示す通りの「入門書」だ。

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『3年間で7億稼いだ僕がメールを返信しない理由』

「無駄な人づきあいをしていると、時間がどんどん奪われます。心からやりたいことを実現させ、幸せに生きていくためには、今すぐにあなたの時間を、必ず作らなくてはいけません」

児玉歩著、幻冬舎刊。税抜本体952円。

著者は大手企業に就職後、会社員をしながらバンドでメジャーデビュー、仕事でも社長賞を受けるなど目立った活躍をしていたが、副業の収入が1億円を超えたことが会社にばれて解雇された。こうした経緯とビジネス哲学を記した『クビでも年収1億円』は10万部のベストセラーとなった。その著者が「自由とお金を引き寄せるこれからの人づきあい」をテーマに書いたのが本書だ。

自分の成功の秘訣について、このように書く。。「いい人」になるな、急な「頼まれ仕事」は断る、退社する時には挨拶しない、知り合いを増やすな、そして「メールの返信はしない」……一見型破りなセオリーが並ぶが、これらは無駄な人間関係を断ち、自分の時間を充実させて成功を掴んだ著者の経験の賜物である。

驚くのは、全体を通して「新しく何かを始めなさい」という主張が全くないことだ。重要なのは無駄なつきあいを「しない」ことだと、ひたすら強調する。早朝出勤・残業については「会社ぐるみで時間だけを浪費して『仕事』をやった気になっているなんて、あまりにも愚か」、会社の飲み会については「仕事の改善に繋がらない『おつきあい』に意味はない」etc.etc…。独特のコミュニケーション論は自己啓発であると同時に、和を重んじる日本人同士の人間関係、暗黙の同調を強いる集団の在り方への、痛烈な批判にもなっている。

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『ハダカの美奈子』

林下美奈子著、講談社刊。税抜本体1200円。

著者は、人気番組『痛快!ビッグダディ』の元妻林下美奈子だ。『痛快!ビッグダディ』は、テレビ朝日系列で、2006年9月から2013年4月まで、通算31回放送された大家族林下家を長期取材したドキュメンタリー番組だ。シリーズ最終章では、平均視聴率19.3%という数字を叩き出した。そのテレビ放送からでは分からなかった著者の思いや苦労が赤裸々に綴られたのが本書だ。発売前から話題を呼び、発行部数は30万部という。

自叙伝、告白本、暴露的。いろいろな言い方があるだろうが、一人の女が普通では経験できないような体験を自ら選択してきた人生に考えさせられるものがある。父親からのDV、不良、15歳で妊娠、万引き、シンナー、二か月の高校生活、レイプ、殺された元カレ、ミイラ化した実父、刺青、キャバ嬢、暴力、浮気……筆舌に尽くしがたい苦労と困難の連続。必死に考え、選択した結果が悪い方に転ぶという連鎖。実際に殴られ、弄ばれ、振り回された女性にしか、その本当の痛みはわからないだろう。肉体の痛みを、心の痛みを、知っている著者だからこそ書くことのできる軽いタッチの文章。女性としての人生。子供のために生きる女。正直に生きようとする覚悟。それらが相乗効果を産みだし、「小説」や「ドラマ」にはない、何とも弱く儚い、どこにでもいる女性が目の前に現れる。

ビッグダディとの2年間の結婚生活と離婚。著者の思いは、過去の自分と「幸せだった」と言い切る結婚生活の間を揺れ動き、不安定ながらも未来への一歩を感じさせる人間味あふれた一冊となっている。

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『聖なる怠け者の冒険』

森見登美彦著、朝日新聞出版刊。税抜本体1600円

著者3年ぶりの長編小説。2009年6月から2010年2月にかけて、朝日新聞に連載された同名小説を全面改稿したものだ。著者・森見登美彦(もりみ・とみひこ)は、2003年、京都大学在学中に『太陽の塔』で第15回日本ファンタジーノベル大賞受賞し、『夜は短し歩けよ乙女』(2007年)では、本屋大賞2位、第20回山本周五郎賞受賞、第137回直木賞候補となり、『ペンギン・ハイウェイ』(2010年)で、日本SF大賞を受賞した。

物語は、著者が得意とする京都が舞台だ。旧制高校のマントをまとい、「ステキにかわいい狸の仮面」をつけている怪しい風貌ながら、迷子の子供を案内したり、夫婦喧嘩を仲裁したりと困った人々を助ける京都の人気者、善意の怪人「ぽんぽこ仮面」。誰もその正体を知らない。そのぽんぽこ仮面に、なぜか「跡を継げ」と言われ付きまとわれる主人公の怠け者小和田君、ぽんぽこ仮面の正体を探る浦本探偵と助手の玉川さん、上司の後藤所長や同僚らが駆け巡る一夜の物語。活き活きと描写される京都宵山。ぽんぽこ仮面を中心に追いつ追われつの奇想天外ファンタジー。人々の思惑や行動がぐるぐると絡み合い、何が何だか分からなくなってくるが、それが本書の特徴であり、笑えるポイントでもある。

著者独特のマジックリアリズム(日常の存在と非日常を融合した作品。幻想的リアリズム)という手法が見事に結実している。『有頂天家族』や『宵山万華鏡』と、さり気無いリンクもあり、合わせて読むと「森見ワールド」をより堪能できる。

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『珈琲店タレーランの事件簿2』

『珈琲店タレーランの事件簿』は、第10回(2012年)「このミステリーがすごい!」大賞最終選考で落選するも、内容が評価され、編集部推薦「隠し玉」として出版された。本作は、その第二作目となる。シリーズ累計80万部を超える売り上げを記録する人気ミステリーだ。

京都にある小さな喫茶店「タレーラン」を舞台とし、主人公の女性バリスタ「切間美星(きりま・みほし)」が、喫茶店に持ち込まれる謎を推理する、という構造だ。「バリスタ」とは珈琲を淹れる専門職のことであり、店名「タレーラン」は、「良いコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い」という格言を残したフランスの伯爵の名前からきている。切間美星は、ハンドミルでコーヒー豆を挽きながら推理し、「この謎、たいへんよく挽けました」という決め台詞とともに謎を解き、同時にコーヒー豆も挽き終わっている。本作のサブタイトルは、「彼女はカフェオレの夢を見る」となっており、本作の豊かな色彩をイメージさせている。

7章構成となっており、各章にはそれぞれ日常的な謎が配置され、その小さな謎の連続が作品全体を貫く大きなミステリーを構成している。物語は、切間美星の双子の妹「美空」と、かつて盗作疑惑で人生を狂わせた一人の作家(現在はフリーランスのライター)との間に起こる。美空は彼を幼い頃に生き別れた父親だと勘違いし、その思い違いが事件を大きくしていく。最後は、誘拐事件にまで発展し、解決するのは、もちろん姉である「美星」だ。

岡崎琢磨著、宝島社文庫。税抜本体648円。

『ビブリア古書堂の事件手帖』に作風が似ているとの評もあるが、狙っている効果は明らかに違う。『ビブリア』は、「内に向かいつつ拡散」させる方法であり、本作は、「外に向かいつつ内向」させている。流行とも言える「キャラクター」ものと読めるかもしれないが、トリック・レトリックはしっかりしており、さり気無くちりばめられるトリビア的知識も楽しめる。

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