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ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド
執筆者 高木尋士(たかぎひろし)

ベストセラーを解読するマンスリーブックガイド

『雑談力が上がる話し方』

齋藤孝著。

新学期の教室、新しい部署のオフィス、勉強会やパーティーの会場。知らない人や、挨拶程度しか交さないくらいの知人と同じ空間にいる時、どう声をかければいいのかわからない、間が持たないという人は多いのではないだろうか。そこで、相手との「気まずさ」を解消し、互いの距離を縮めるために、発揮されるのが「雑談力」だ。

サブタイトルは「30秒でうちとける会話のルール」。

30秒程度の何気ない会話ができるかどうかで、相手に与える印象が全く違ってくる。天気や近況など、中身のないムダ話こそが、その場の空気を和ませたり、相手に安心感を与えたりする。本書は、雑談に必要なのはトーク術ではなくコミュニケーション能力であり、口下手な人でも訓練すれば誰でもできるものとして、マンガや芸能人など具体的な例を挙げながら、コツやキーポイントなどを紹介していく。

必要なのは、巧みな話術などではなく、あいさつ+α程度の雑談。その雑談力を鍛えることで、周囲の人びとや社会と繋がる突破口を開く。人との繋がりなしには生きて行けない世の中で、雑談力は即ち生きるための力そのものであると著者は結ぶ。人付き合いに悩んだり、人間関係に居心地の悪さを感じている人には必読の一冊だ。

ダイヤモンド社刊。税抜本体価格1,429円。

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『モンスター』

著者百田尚樹は、『探偵!ナイトスクープ』や『大発見!恐怖の法則』などを手掛けた放送作家から、『永遠の0』(2006年・太田出版)で小説家デビューした。『永遠の0』は、100万部を超え、文庫部門では史上13作目のミリオンヒットとなった。また、『BOX!』(2009年・太田出版)では、吉川英治文学新人賞候補になり、漫画化、映画化されたことは記憶に新しい。前作『海賊とよばれた男』(2013年・講談社)は、本屋大賞を受賞した。

放送作家出身ということもあるのかもしれない。とにかく、読みやすい文章だ。クセがなく、ダイナミックな景色や心情も淡々と描かれている。トピックやエピソード自体に魅力があり、作者のドライな筆致がノンフィクションのような真実味を与えている。旧来の「小説家」という概念と一線を画しているように思える作風だ。

幻冬舎文庫刊。税抜本体価格724円。

「人間の美醜」とは何か。見た目の美しさは、この現代社会において、どんな意味を持つのか。ゼロ戦もの、アマチュアボクシング、スズメバチ、企業ものなどで、その取材力・調査能力をいかんなく発揮してきた著者が、美容整形の世界に踏み込んだ本書。

「目は一重まぶたで腫れたように薄く、両眼の間隔が離れているうえに左右の形が異なる。鼻は低く横に広がり、大きな穴は上を向いている。鼻の下がやたらと長く、歯並びも悪いうえに出っ歯で笑うと歯茎がむき出しになり、頬骨が出てエラもはっている」という「ブス」という言葉では軽すぎるほど畸形的な醜さで、実の母親に「ブス」と罵られながら育った田淵和子(後に改名し鈴原未帆)。彼女は、その畸形的な「見た目」のため、幼少期から青春時代を無残に傷つき過ごす。そんな主人公が出会ったのが「美容整形」だった。風俗で働きながら、美容整形に人生の全てを賭ける。誰もが認める「見た目」の美しさを手に入れた未穂は、かつて自分を傷つけ続けた出身地にレストランをオープンさせ、幼稚園の頃の初恋を成就させようとする。

バケモノと呼ばれた主人公がある事件をきっかけに周囲からモンスターと呼ばれる。だが、真のモンスターとは誰なのか。本作品が、現代社会に多くの問題を提示していることは確かだ。この小説をハッピーエンドととらえるか、それとも一つの悲劇ととらえるか。それは読者次第だろう。しかし、或る種のカタルシスがそこにあることは否定できない。

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『夢幻花』

今や言わずと知れた人気ミステリー作家東野圭吾の最新作。最新作と言っても元々は、2002年から2004年にかけて、月刊誌『歴史街道』に連載されていた作品だ。連載終了後、出版されない本作についての問い合わせが相次いだという。そして、約10年を経て、時代背景や小説中の科学情報など大幅に加筆修正し、著者をして「こんなに時間をかけ、考えた作品は他にない」と言わしめる会心作として刊行された。

PHP研究所刊。税抜本体1,600円。

独り暮らしをする老人・秋山周治の孫娘・秋山梨乃は、祖父の花の写真や生育日記のブログを作るため、度々周治の家を訪れていた。ある日、黄色い花の写真をブログにアップしようとした梨乃を、周治は「この花を公開したらえらい騒ぎになる」と制止する。その三週間後、周治は自宅で殺され、梨乃その写真をブログに掲載する。黄色い花の写真を見て、梨乃に接触する警察庁勤務の蒲生要介。そして梨乃は、偶然知り合った要介の弟・蒼太と共に、黄色い花の謎を解明するために動き出す―――

「黄色いアサガオだけは追いかけるな。」

帯を飾るコピーにあるように、この「黄色い花」はアサガオである。江戸時代には存在したという黄色いアサガオは、今は存在しない。それはなぜか、という着想から生まれた物語だ。犯人捜し、謎解きを通し、最終的に行きつく結末では現代社会が抱える大きなテーマについても言及する。ミステリーの枠に収まらないメッセージ性の強さが、著者の魅力の一つだ。

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『天音。』

今は国民的知名度を誇る「EXILE」。ATSUSHIは、その初期メンバーとしてボーカルを担当し、また作詞作曲や楽曲提供など才能豊かに活動している。そんな著者が、生身の「佐藤篤志」(ATSUSHIの本名)を真正面から照らし出し、勇気をもってその素顔を綴ったエッセイだ。

ATSUSHI著、幻冬舎刊。税抜本体価格1429円。

全6章で構成されており、著者の伝えたいことが各章ごとに明確で、非常に読みやすい。生い立ち、価値観、視点という基軸がしっかりと全編を支えており、EXILEの節目や問題が起こった場面など、その判断や思考がまざまざと浮かび上がり、著者の心の中の表情が見えるようなエッセイとなっている。

タレント本には珍しく、著者の写真が一枚も掲載されていない。それは、歌詞を書いたり、ボーカルとして言葉でメッセージを伝える著者の覚悟を示しており、豊かな矜持を感じさせる編集だ。

「この世は目に見えるものだけで成り立っているわけではない。そして、大切なものはむしろ、人の目には見えない場所に隠されている」

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『暦物語』

著者西尾維新(にしお・いしん)は、2002年に第23回メフィスト賞を受賞し、20歳でデビューした。「戯言シリーズ」などで若年層を中心に高い人気を博している。本作は、「化物語」「傷物語」「偽物語」「猫物語(黒白)」「傾物語」「花物語」「囮物語」「鬼物語」「恋物語」「憑物語」に続く、「物語」シリーズの14作目にあたり、シリーズの番外編とも言える連作短篇集だ。

本来、「物語シリーズファイナルシーズン」と名付けられたものは、1作目が「憑物語」であり、2作目は「終物語」(2013年夏発売予定)のはずだったが、シリーズ1作目「化物語」から相当の年数が経ち、その頃と現在とが「繋がっていないように思え」(著者あとがき)、振り返りながら繋がりを確認してみたかったという著者の事情から、「百パーセント突然書かれた小説」(ボックス表記)となった。

「暦物語」は、高校生の主人公阿良々木暦(あららぎ・こよみ)と怪異に関わった少女たちの物語を描いたこれまでの1年を振り返る4月から3月までの12編の短編となっている。幕間劇のような性格を持ちながら、実は「物語シリーズ」全編を貫く大きな伏線にもなっている。主人公が成長していく様と、「道」とは何かを問い続ける主人公の姿。その問いと答えに至る思考プロセスが各章を有機的に結び付けている。阿良々木暦の内面を静かに読み解くべき一冊である。

各章の扉には、その章をイメージさせるVOFAN(ヴォ―ファン)氏によるイラストが描かれているのだが、どのキャラクターも顔の表情が描かれていない。そのことが本作の性格を如実に象徴している。また、西尾維新と言う筆名は、「NISIOISIN」と「O」を中心とした点対称かつ回文となっている。

講談社BOX刊。税抜本体価格1600円。

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『大泉エッセイ』

北海道のローカルタレントとしては代表的な存在で、現在では映画やドラマなど、俳優業でも全国的に活躍している大泉洋が初のエッセイを出版した。

メディアファクトリー刊。税抜本体1,300円。

本書は、1997年から2005年にかけて、雑誌『アルバイトニュースan北海道版(現an weekly北海道版)』、『じゃらん北海道発(現北海道じゃらん)』、『SWITCH』の三誌に連載していたエッセイ108篇を収録し、さらに2013年現在の書き下ろしエッセイをまとめたものである。実に16年分の大泉洋の軌跡である。351ページという大容量でありながら、すらすらと読め、くすくすと笑いながらいつの間にか読み終えている。それは著者の人柄がそのまま文章に顕れているからであり、また著者の心情や体験が素直な言葉に変換されているからであろう。それこそが本書の特徴とも言える。

本書は、北海道のローカル・深夜枠での放送にも関わらず、全国的にファンを拡大した伝説的人気バラエティ番組『水曜どうでしょう』での奇想天外な旅や、自身が所属する劇団についての話題が多い。ローカルタレントであることにこだわりながらも俳優として活動の場を広げることへの葛藤など、笑いながらも胸が熱くなるエピソードが綴られている。家族や仲間について面白おかしく書かれている中に、著者の周囲に対する深い愛情が垣間見え、その等身大の大泉洋は、ファンだけでなく、本書で彼を知る人をも楽しませ、感動させることだろう。

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『心』

姜尚中著。

今世紀の日本が得た、教養小説の白眉といえる。

今世紀を語る時、避けて通れないのが3.11の大震災である。本作はそれを一つのモチーフにしながら、人にとっての死、そしてそれに照らされる生とはなにかが吟味され、読者はストーリーに引き込まれながら、登場人物と共に、それらを自然に考えていくことになる。

本郷にあるT大に研究室を持つ大学教授「姜尚中」は、サイン会に現れ手紙を託していった青年にひかれるものを感じる。手紙には親友と死別した青年(大学生・西山直広)の傷ついた心がつづられていた。そして、教授と青年のメールによる交流が深まっていく。青年はやがて、演劇部仲間の両親が3.11の津波の被害にあったことを契機に、遺体を海から引き上げるボランティアに関わる。さらにその痛切な体験は、サークルのリーダーである溌剌とした、そしてどこかミステリアスでもある萌子により、演劇化される。死んだ友と萌子への思いの間で揺れる青年は、どう再生していくのか・・・。

大学教授「姜尚中」が、なぜ一介の学生に過ぎない青年のメールに返信するようになり、かかわりを深めていくことになるのかは、ちょっとした謎として物語を通底し、最後にそれが明かされることになる。しかし、それがどうであれ、ゲーテの小説『親和力』を下敷きに描かれる、この青年との交流譚は、ときに微笑ましく、読む者の心を離さない。

集英社刊。税抜本体価格1,200円。

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『野心のすすめ』

林真理子著。

曰く「(処女作)『ルンルンを買っておうちに帰ろう』はベストセラーになり、翌年のフジテレビのキャンペーンガールを務めた林真理子は、人々から『時代の寵児』と呼ばれる有名人になっていました」。

曰く「人は自覚的に『上』を目指していないと「たまたま」とか「のんびり」では、より充足感のある人生を生きていくことはできないのです」。

また曰く「『ここぞという機会』を自分で作り出すのが、野心です。私が強運だと言われているのも、次々にいろいろなことに挑戦し続けてきたからだと思います」。

自分がどうやってのし上がり、いまの地位と栄光を勝ち得るようになったか、これでもかと明かされる、鼻持ちならないサクセスストーリー・・・なのではない。林真理子は、いらだっている。いらだって、現在の若者を挑発しているのだ。

野心を持て!高望みしろ!そこからすべてが始まるのだと。

こんなアドバイスもある。「アルバイトをするのであれば、二流三流ばかりでつるんでしまいがちな居酒屋チェーンではなく、少しでも実入りのいいアルバイトをしようとして学校名で差別されるような経験をした方がいい」

若き日の林真理子のが、何を考えどんなこと、どんな自分に対する投資をしていたのか。面白いエピソードが満載の“ドキュメンタリー林真理子”。終章の一つ前で語られる自身やマスコミ界で活躍する女性の結婚についての話も、しみじみと面白い。

講談社現代新書。税抜本体価格740円。

最後にひとこと。帯につけられた林真理子の写真だけでも、本書の価値は十分だ。何者でもなかった(たぶん)若い日の林が、不敵な面構えでファインダーをにらみつけている。明日のジョーも、こんな目をしていたのかもしれないと、ふと思った。

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