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売れてる本を快読するマンスリーガイド
執筆者 高木尋士(たかぎひろし)

売れてる本を快読するマンスリーガイド

『abさんご』

第148回芥川賞受賞作品。黒田夏子著。文藝春秋刊。税抜本体1200円。

『aというがっこうとbというがっこうのどちらにいくのかと, 会うおとなたちのくちぐちにきいた百にちほどがあったが, きかれた小児はちょうどその町を離れていくところだったから, aにもbにもついにむえんだった. 』

そんな書き出しで始まる小説。全文横書きで、ひらがなを多用し、登場人物の名前などの固有名詞、かぎかっこ、カタカナを一切使用せず、使用される漢字は、ひらがなというキャンバスの上におとされたショッキングな色彩のようにも思える特徴ある文体だ。登場人物の性別もあえて明らかにはされていない。

前衛的とも実験的とも挑発的とも言える文体は、75歳という史上最高齢での芥川賞受賞と共に大きくメディアに取り上げられ、刊行から約1週間で、14万部に達した。

あらすじはもちろんあるのだが、言葉としてそれを描くことに果てしない空虚を感じる。それは、本作のイマジネーションがあまりにも豊かに連続し、物語を読んでいるという感覚よりも、「黒田夏子美術館」という著者の脳内美術館に紛れ込み、そこに掛けられた無限の絵画を巻貝のような回廊を辿りながら鑑賞するような小説だからだ。

多くの本を所有し、使用人がいる家に生まれた幼子の主人公。家には、巻貝のような書斎がある。親が、38年という時を隔て、一人ずつ亡くなる。どちらの死にも結核を思わせる記号が配されている。幼子と両親の生活、使用人との関係、日常が安定から不安定に変化する過程、主人公自身の視点、看病、装置、試験など、さまざまなイメージが交錯しながら進行する。

時間経過や、空間領域という境界条件を極端に抽象化し、具象である「人間」を鮮やかに描き出している。また、条件の抽象化により、人間の孤独が残酷に浮かび上がる。バラバラに配置されているように感じられる複層像は、「別れ」という物語上は分離する概念の上で、見事にフォーカスを結ぶ。そこには著者の緻密な計算と愛情をさえ感じる。知的興奮と静かな無力感。そして、主観にこそ、美が宿るのだという、著者の切実な叫びが聞こえるような「小説」だ。

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『ママからの伝言 ゆりちかへ』

妊娠中に脊髄悪性腫瘍が発覚し、子供の命をとるか、自分の命をとるかの選択に迫られた著者。決断は、子供の命だった。余命幾ばくもない自らの体と向き合い、娘「ゆりあ」への将来に対する伝言として本書を書いた。自分が死ぬ前に、書けなくなる前に、話せなくなる前に。

テレニン晃子。幻冬舎文庫。税抜本体457円。

タイトルの「ゆりちか」の「ちか」は、ロシア語で「〜ちゃん」を意味する。娘の名「ゆりあ」の愛称「ゆりちゃん」を夫の母国ロシアの呼び方で「ゆりちか」と呼んだ。

ゆりちかへ、母は語る。パパとの出会い、友だちとの付き合い方、学校や先生や勉強のこと、大切なお金やおしゃれのこと、そして、大好きな人との過ごし方や女の子の生理や体の変化、恋やセックスのこと。それらの「伝言」は、躾けや教えという言葉ではなく、明るく本音でしゃべる女同士の「ガールズトーク」のようにも聞こえる。伝言一つひとつに、著者の豊かさや女性の品格やセンス、そして、我が子への愛が溢れ出している。

後半は、著者の闘病記となっている。放射線治療、抗がん剤治療、入院の様子が、メモ帳の記述をほとんど加筆修正することなく綴られている。また、再発してからの録音メッセージは、そのまま話し言葉で載せられている。自分の余命を知りながら、その最後の命を振り絞り、我が子ゆりちかに必死に何かを伝えようとするその姿は、涙なくしては読めない。

「24時間テレビ」「オーラの泉」「ザ・ベストハウス123」「ザ・サンデー」「ニュースステーション」などのテレビを初め、全国のラジオ、新聞にも多数紹介された。台湾・中国・韓国でも出版され、今年(2013年1月26日)には、名古屋テレビ(テレビ朝日系)50周年特別ドラマとして放送された。

「生きている間は、いっぱい好きな人と一緒にいて楽しい思いをするのよ!!」

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『くじけないで』

一人息子に勧められ、90歳を超えて始めた詩作。作った詩を産経新聞『朝の詩』に投稿し、次第にその常連となり、98歳で詩集を自費出版。それを飛鳥新社が装幀の変更などを行い再出版して大ブレーク。160万部超のベストセラーとなっている。NHKラジオ深夜便「列島インタビュー」に出演、TBS「はなまるマーケット」では、出演者が好きな詩を朗読。フジテレビの情報番組「特ダネ」でも取り上げられた。NHKテレビでは、著者を取り上げたヒューマンドキュメンタリーも放送した。100歳の詩人として、著名人にファンも多い。今年(2013年1月20日)、101歳で惜しくも亡くなった。

柴田トヨ著。飛鳥新社。税抜本体952円。

その詩は、日常の何気ない自然や身近な人、日々の視線を平明な言葉で綴りながらも、行間からにじむように溢れてくる「暖かさ」が特徴の一つだ。一篇の詩は、10行前後で構成されており、具体的な風景や感情から始まり、最後の一節、最後の一行で普遍的なテーマへと一気に跳躍する。

すぐに読めてしまう詩だが、何度も書き直し、一篇を作るのに1週間以上かかっているという。「くじけないで」生活する決意を強く持ちながら、死を否定することなく、人生の流れに逆らわない素直な生き方に、自らを重ね合わせる読者も多いはずだ。巻末の著者の写真は、そのまま一篇の詩のように見える。

著名人36人が本詩を揮毫した展覧会も全国で開催されている。韓国・台湾・オランダなどでも翻訳が出た。

『あなたのこと/心配してくれている/人がいる/あなた気づかないだけ』(あなたにII)

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『アメリカは日本経済の復活を知っている』

浜田宏一著。講談社刊。税抜本体1600円。

著者は言わずと知れた安倍首相のブレーン。東京大学法学部、司法試験第二次試験合格、東京大学経済学部、イェール大学経済学博士取得、東京大学経済学部教授、イェール大学経済学部教授、内閣府経済社会総合研究所長、法と経済学会初代会長、とその経歴には目をみはる。日本経済学の巨人であり、「ノーベル経済学賞に最も近い」と言われるのもうなずける。そんな著者が、現在の日本経済と日銀や政府の行う政策に対して、知識の集大成を以てこんこんと説いている啓発の書であり、日本を憂う一人の日本人の叫びとも言える一冊だ。

著者は、日銀が、世界の経済学の常識とは違った政策を現在もとりつづけていると繰り返し述べ、金融緩和によって、円安と緩やかなインフレを導けば、日本経済を復活させることができると、さまざまな例を引き丁寧に解説している。経済に不案内な読者にでも読みやすく噛み砕いた表現に徹しており、主張も終始一貫し、最後まで一気に読み切ることができる。

なぜ円高が何年も続いているのか、サブプライム問題からなぜ日本経済が大きく失速したのか、などの疑問にも具体的な例をもって説明されていて「なるほど」と納得できる。また、登場する人物は、ほぼ実名なので、臨場感にも溢れ、一篇の経済小説のようにも読める面白さもある。

著者は、辞任する白川方明日銀総裁の東大時代の恩師にあたり、デフレ不況が20年近く続く現況に対して、白川氏を痛烈に批判するのだが、その姿勢も「日本経済復活」という熱意故の言葉ということがひしひしと伝わってくる。

『現在、日本に必要なのは、成長の潜在経路からはるかに下のところで日本経済が運営されている現状を、すぐに改めることなのだ』

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『別れる力』

「ともかく春が来た。大人の男よ、外に出て飲もうぜ。」

伊集院静著。講談社刊。税抜本体933円。

酒と仕事と女と時代。全4章37編のエッセイは、時事問題から酒、女、ギャンブルに底辺を広げ、出会いと別れ、家族や人生へと深く豊かに世界を掘り下げ、倫理や道徳へも筆を進めている。全てが著者独特のリズムと定点観測のような不動視点に彩られた硬派な読み物となっている。

本書は、「週刊現代」2011年12月24・31日号から2012年11月17日号までの連載を抜粋、修正したもので、「大人の流儀」「続・大人の流儀」に続く「大人の流儀」3巻目。累計66万部を売り上げている人気シリーズだ。大きく前半と後半に分けられ、前半が「別れ」、後半は「大人の流儀」をテーマとしている。

『人は大小さまざまな別れによって力を備え、平気な顔で、明日もここに来るから、と笑って生きるものである。』

著者は、20歳の時に16歳の弟を亡くし、35歳の時に妻の女優夏目雅子を白血病で亡くしている。その後の酒とギャンブルの日々や多くの出会いが育んだ、静かだが強い人生観が本書を貫いている。著者の主張や思いが正しいかどうかという問題ではなく、著者自身が「そう生きてきた」という説得力の豊かさには、口をつぐむしかない迫力を感じさせる。

「たとえ人が、バカなことをと笑ってもかまうことではない。正しいことというのは半分以上が人の目に見えないことだ。」

『恥知らずな行為をすることは、大人の男にとって生死にかかわることである。』

 難解な言い回しや言葉は一切ない。飾り立てない文章は、まさに伊集院節だ。

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『何者』

第148回直木賞受賞作品。

著者は2009年に『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞し、19歳でデビューした。そして2013年、学生だった著者は社会人となり、自ら体験した就職活動をテーマに執筆した本著で直木賞を受賞する。直木賞史上初の平成生まれの受賞者であり、男性受賞者では最年少である。

朝井リョウ著。新潮社刊。税抜本体価格1500円。

表紙を開くと、まず目に飛び込んでくるのは登場人物のツイッターのプロフィールだ。劇団OBの拓人、バンドのボーカルの光太郎、留学経験者の瑞月と理香。就活を共闘しようと集まる4人に、理香の恋人でクリエイター志望の隆良は言う。「俺は、就活自体に意味を見いだせない」。「就活をしない人特有の、自分だけが自分の道を選んで生きてます感、どうにかしてほしい」と反感を抱く拓人。

それぞれの理想や現実を抱え、お互いを励まし、牽制し合いながら、「何者」かになろうと足掻く姿を、作中にちりばめられたツイッターのつぶやきが鮮やかに描いている。

限られた言葉で自分を表現する若者たち。この時代を生きる著者の、まさに現代の皮膚感覚で書かれた小説だ。

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『夜行観覧車』

湊かなえ著、双葉社刊。税抜本体648円

現在〈2013年2月〉放映中の連続ドラマ『夜行観覧車』の原作小説である。2008年のデビュー作『告白』で第6回本屋大賞を受賞し一躍人気作家となった著者が描く、家族をテーマにした衝撃作だ。

高台の高級住宅地―――ひばりヶ丘に、少々無理をしながらもマイホームを建てた遠藤家。一戸建てに住むという長年の夢が叶い、理想の生活を始めようとしていた遠藤真弓。しかし娘の彩花は中学受験に失敗し荒れ始め、真弓は次第に追い詰められていく。一方、向かいに住む高橋家は、夫婦仲も良く、子供たちも優秀で、まさに理想の家庭に見えた。しかしある日、高橋家の主人、弘幸が撲殺される。犯人として逮捕されたのは、妻の淳子だった。さらに次男の慎司は事件の起こった日に失踪してしまう。幸せを絵に描いた家で、一体何が起こったのか。突如起った家庭内殺人で、ひばりヶ丘に静かに激震が走る。

人物の内面を濃密に描き、それぞれの家庭の抱える現実、羨望や軽蔑を内包しながらの隣人付き合いを浮き彫りにしていく。読者は、ひばりヶ丘を海側からも山側からも一望出来る観覧車に乗るかのように、現代の家族の多面を眺めることができるだろう。

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『できる大人のモノの言い方大全』

1ページ目から最後まで、徹頭徹尾、実用に徹した本。テーマは「上手な言葉遣い」。

うまい断り方や、相手ののせ方など、生活上のさまざまな場面での、まさに“できる大人”になるための適切な言葉・フレーズが、数行の説明で簡潔に示される。だから、読む辞典でもあり、引ける辞典でもある。目次はこうだ。

1.できる大人は「社交辞令」が堂々と言える! 

2.かけひき上手は「聞き方」「頼み方」のツボを知っている! 

3.かしこい大人はこの「断り方」「謝り方」でピンチを抜け出す!

   ……以下10章までのテーマを記すと、

4.気遣いの一言 

5.もてなし上手の言い方 

6.ほめ方 

7.一目置かれるさりげない一言 

8.角を立てない自己主張 

9.いい人間関係を作る言葉 

10.会議と電話のフレーズ

10章、25分類のなかで、119項の場面を設定し、2000種類余りのフレーズが網羅される。

例えば、第5章「もてなし上手」は、こんなモノの言い方ができる! の「もっといい関係になるための大事なひと言……誘う」には、「おいしいコーヒーを飲みに行きませんか」が適切な例として示される。「喫茶店に行きませんか」より、このほうが相手もOKしやすいという。いや、確かにそうかもしれないと、メモを取りたいフレーズが満載だ。

話題の達人倶楽部著。青春出版社。税抜本体1000円。

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